24.その後どうなったか
その後どうなったかというと。
意外とどうもならなかった。
騒動を起こしたのはネロネロとエリザベス。
関係者らからの聞き取りの結果、騒動の主たる原因はネロネロと断定された。
彼自身もまた「ぼくエリザベスちゃんのことマジでラヴなんで」と全面的に(?)容疑を認めていた。
そのため本来ならばネロネロ一人が罰せられて落着となるはずだったが。
「ちょっといいか」
待ったをかけた者がいた。
「ネロネロさんは一生懸命だったんです! どうかその頑張りは認めてあげてください!」
これは違う。
リオも聴取を受けたことは事実だがほぼほぼ役には立たなかったらしい。
主観が強すぎる上にうわなんかこの子暑苦しいとかなんとかで。
まあそれはともかく。
待ったをかけたのは支配人ガルダンだった。
「被害は出たのか?」
彼はまずそれを何度も確認した。
今回の騒動で出た被害。
実を言うとそれは全くのゼロだった。
戦闘は空中で行われた上、ネロネロたちが落下したのは湖だ。壊したものは何もない。
騒音でランド周辺のモンスターたちから苦情がきたのが被害と言えば被害か。
「じゃあいいだろ。わざわざ俺を呼ぶんじゃねえ。無罪だ無罪」
そういうことになった。
おそらくは騒動に関わった者全員が獄楽ランドの呼び物として優秀なスタッフだからだろうと思えたが。
ただ、立ち去る前にガルダンは一度だけ振り向いた。
「あ、総帥。お前は謹慎な」
「え、な、何故です!?」
「職務怠慢。狙った獲物を逃すとは何事だ。気絶だと? 軍人として恥ずかしくねえのか」
「し、しかし」
「以上。解散」
総帥の呆然とした背中が哀れだった。
考えてみれば彼もまた巻き込まれただけなのに。
◆◇◆
その夕べ。
「はあぁぁ……気持ちいいです」
岩場いっぱいに立ち上る湯気。鼻をくすぐる独特のにおい。
手で肩に湯をすくいながら、リオはこちらに笑った。
「マヒロさんはどうですか?」
「すすすすごく気持ちいいヨ?」
真尋としては正直それどころではなかったが。
女子と一緒に温泉なんて。
こんなことが人生に起こり得るなんて思ってもみなかった。
ここはエリザベスの火山背後にある温泉だった。
火山建造の際にどういうわけかできてしまった副産物で、従業員が閉園後に使ってもいいことになっている。
湯の効能は特にないということになっているが、その割に疲れがやたら飛ぶと評判らしい。
ただしエリザベスを恐れてあまり人は寄りつかない。
そこに何も知らされず連れてこられてなし崩し的に湯につかっている現在。
「驚かせたくて内緒にしちゃいました! 喜んでもらえてたらいいんですけど」
「まあ驚いたけど……」
少しくらい心の準備をさせてほしかった。
女の子とろくに交流してこなかった身としてはこのシチュエーションは一足飛びすぎる。
当然喜ぶ余裕なんてない。
(ていうかリオはなんで平気なんだろう……)
こちらを男として見てないのか。
慣れてるのか。
そういえば元奴隷なんだっけ……?
一体どういう生き方をしてきたんだろう……
「…………」
それ以上はあまり想像したくなかった。
ぶるぶると頭を振って嫌な考えを振り払う。
「どうしました?」
「いや……今回無駄骨だったなあって。僕たちが頑張った意味ってあったのかな」
ネロネロの恋は実らなかったし怪我をしたためもうしばらくは彼のアトラクションは休止だ。
エリザベスは意中の人に攻撃される羽目になったし、総帥にいたっては完全なとばっちりだった。
「誰も得してない……」
「ボクは今回のこと楽しかったですよ?」
「え?」
顔を上げると、リオは満面の笑みを浮かべていた。
「ネロネロさんの恋の応援ができてよかったです。マヒロさんと一緒だったから最後までやれました。本当によかったです」
『よかったこと探し』で言っているわけではないらしい。
心底からそう信じている顔だった。
「リオ……君って」
真尋は、感動に似たものを覚えながらつぶやいた。
「気は確か……?」
「ええ!? ひどいです!」
「それが普通の反応さね」
はっと見上げると、一際大きな岩の上にエリザベスが腹ばいになっていた。
いつの間にそこにいたのかは分からないが、話は全部聞いていたらしい。
不機嫌そうな顔を、さらに不機嫌にしかめてこちらを見下ろしていた。
「リオ、あんたは一体何様なんだい。自分が楽しければそれでいいって? 人の迷惑を考えな。おかげであたしはあの総帥殿に一発叩きこむ羽目になっちまった。運が悪けりゃ反逆罪追加のあの世行きだったんだよ」
「うう……」
正論にリオは縮こまる。
エリザベスは不機嫌そうに頭を振った。
「おかげであたしはこれから面倒事だ。全部あんたのせいだから反省しな。深ーめにね」
「はい……」
「よし」
うなずいて彼女は岩の上に身を起こした。
翼を広げて、ふと思い出したようにこちらを見下ろす。
「ところでこれ、似合ってるかい?」
「え?」
何のことだか分からない。
だがリオはすぐに気づいたようだった。
「あ! まつ毛!」
よく見ると星飾りのヘアクリップが彼女の目を縁取っている。
色違いで右目に三つ。
「あのクソヘビが会いたいってね。怪我でろくに動けねえくせに」
「似合ってます! すごく綺麗です!」
リオの声に、エリザベスはムスっとした顔をしてから飛び立った。
もしかしたら照れたのかもしれない。
すぐに火山の向こうに姿を消した。
「無駄骨じゃなかったですね」
リオが嬉しそうにつぶやいた。
真尋は黙ってその横顔を見つめていた。
――諦めちゃダメです! 好きなんでしょう!?
昨夜の叫びが耳にこだまする。
必死にネロネロを励ますリオの声。
人の恋は応援したくなると彼女は言った。
他人事じゃないからとも言った。
――気持ち、ちゃんと伝えればよかった……
その声の震えはまだありありと思いだせる。
真尋は改めて自問した。
僕はリオをどう思っている?
「リオ」
「なんですか?」
「ご主人様に会えるといいね」
「……え?」
真っ直ぐにリオの目を見つめて続ける。
「応援するよ」
僕も他人事じゃないからさ、とこれは心の中だけで言った。
リオはしばらくの間呆気にとられたままだったが、
「えっと……ありがとうございます。マヒロさん、大好きです」
その笑顔にまた胸がチクリと痛んだ。
だが、前と違ってそう悪くもない痛みだった。
こうして今回の一件は幕を閉じた。