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異世界遊園地で働くことになりました  作者: 左内
第一章 異世界遊園地へようこそ!
2/47

2.おどおど少女と出会う

 後頭部に痛みが走って真尋は目を覚ました。


「いっつつ……一体何が……」


 うめきながら体を起こす。

 頭に触れるとこぶがあった。意識を失った時に打ってしまったらしい。

 鈍痛に涙がにじむ。


 なんでそうなったのだったか……

 気絶する前の出来事を思い出そうとする。


 そうだ、いきなり黒々としたもやの塊に襲いかかられたのだ。その次の瞬間長く落下するような感覚があって、底についた衝撃で意識がなくなった。

 なんだったんだ一体、と顔をしかめる。


 ジョンはいなくなるしなんだか怖い目に遭うしついてない。あのもやが何なのかはよくわからないけれど、とにかくここを出ようと思いながら顔を上げた。


「……あれ?」


 いつの間にか周りは洋館の中ではなくなっていた。

 ドーム状の部屋だ。

 広い空間。高い天井。窓も出入り口もない黒い外壁。光が入ってこないのならどうして周りの様子が分かるのかというと、背後から光が差しているからだった。


 振り向くとそこに光源があった。

 一抱えほどもありそうな白くて丸い石。それが柔らかに光って辺りを照らしている。


「なんだこれ……」


 石は台座の上にあった。あった、といっても台座に直接載っているわけではなく、数十センチほど浮いている。

 それから石の周りを何重にも取り囲んで回る金属光沢のリング。

 それらが何なのかはもちろん分からないが、なにかの装置のように見えた。


 冷たい床から立ち上がる。

 見回すが、部屋のどこにもドアはなかった。


「ここは一体……」


 つぶやきに答えてくれる者は誰もいない。

 もやに襲われたときに落下感があったから、もしかして床を抜いて落ちたのかとも思ったが、上を見上げても何もない。継ぎ目のない天井があるだけだった。


「あのもやのせい……?」


 あまりにわけが分からないことが続けて起こるとかえって冷静になるものらしい。

 真尋は石の方へと足を向けていた。もっと近くで見てみようと思ったのだ。

 が、ちょうどその時ぶぅん、と何かが震えるような音がした。


「え?」


 石の周りを回るリングが順に動きを止めていく。

 そして全てが静止すると、一瞬の間をあけて次々に床に落下しけたたましい音を立てる。


「わ! わ!」


 慌てる真尋の前で、石がゆっくりと台座へと降りてくる。

 そしてぴたりと接して動きを止めた。


「な、なに?」


 石が不規則に光を瞬かせた。

 真尋は怖くなって一歩引いた。

 すると石がぴっ! と一際強く光る。


「……?」


 もう一歩を引くと今度は二度光った。

 もしかして、と真尋は思った。呼ばれているのかもしれない。

 一体どういうことかは分からないけれど、近くへ行かないとそれはそれでまずそうな気がした。


 少し迷ってから意を決して近寄っていくと、石は呼応するように穏やかな光を放った。

 もう触れられる距離だ。真尋はおそるおそる右手を伸ばす。すぅっ……、と石の色が明るく変化する。


 何だろう。

 分からないけれど、その光の色を見ていると心が安らいでいく。

 そっ……と指先が石に触れた。


「いづっ!!」


 全身に激痛が走った。ほんの一瞬だ。電流が流れるような強い刺激だった。

 弾き飛ばされて尻餅をつく。


「もう、なんなんだよ……」


 引っ込んでいた涙がまた目ににじんできた。何がなんだかわけが分からない。もう帰りたい。早くジョンを見つけなきゃ……


「……あれ?」


 ふと気が付くと真っ暗だった。

 石の光が消えている。何も見えない。

 おかしいと思って手を伸ばしてみると、そこにさっきの石はなかった。すっかり消え失せている。


「な、なんで……?」


 どういうことかは分からないし、あれだけ大きいものが急に消え失せる仕組みというのも分からない。ただそれよりも、真っ暗で何も見えないのは単純に恐怖だった。


 出口も分からない。さあっと血の気が引いた。つまり閉じ込められた。この暗闇の中に。


 慌てて這って行って壁を探る。しかし何もない。継ぎ目のない壁がずっと続いているだけだった。


「だ、誰か! 誰か!」


 壁をたたく。返事はない。それはそうだ、閉園した遊園地に誰かがいるわけがない。


「誰か! 誰か……」


 返事はない。

 暗闇に声が吸い込まれて消える。

 ……と。


 ガコン。

 音にはっと振り向くと、反対側の壁が上にスライドしていくところだった。

 外の光が差し込んできて、四角い出口が白く浮かびあがっている。

 

 た、助かった?

 そう思った時、誰かの声が聞こえた。


「だ……誰かいるんですか?」


 女の子の声だった。

 だがどこにも姿はない。怪訝に思って目を凝らすと、ちょうど出口の右側に小さく影がはみ出ているのが見えた。


「誰かいますかぁ……? いないですよね……気のせいですよね。なにか音が聞こえたと思ったんですけど……」


 飛び出ているのは頭だった。誰かがこちらをおそるおそる覗き込んでいるのだ。

 光に目が慣れてくるとそのくりっとした黒目がちの目が分かるようになった。

 同時に相手もこちらに気づいたようだ。


「あ……」


 声だけを残してしゅっと頭が引っ込む。


「え、ちょっ……」


 真尋も固まったまま動けない。

 しばらくの妙な沈黙を挟んで、再び声だけが聞こえた。


「ぼ、ボクは何も見ませんでしたぁ……」

「そ、それはさすがに無茶かと……」


 思わずつぶやく。

 すると相手はまた頭を半分のぞかせた。


「まだいる……」

「そりゃまあ……」

「見なかったことにしたのに、なんでですか……?」

「僕に聞かれても……」

「ど、どうすれば許してくれます……?」

「それも僕に聞かれても……」


 向こうはだいぶ迷ったようだった。

 かなり長い間を置いてから、出口の陰から彼女は姿を現した。


 長い金色の髪がたっぷりと揺れる。

 小柄な少女だった。怯えるような上目づかい。体を縮こまらせるようにびくびくと前で手を組んでいる。


 こんな時にもかかわらず、綺麗な子だな、と真尋は思った。目鼻立ちが可愛らしく整って、小動物的な魅力がある。着ている服は何か地味な制服のようだったが、それがむしろ似合って見えた。


「あの……あなたは誰ですか? なぜここに……?」


 近づいてきて問いかけながらも、おどおどと目を合わせようとしない。


「えっと……工藤真尋です。なんで閉じ込められたかはちょっと僕も……」

「ここの従業員じゃないんですか?」

「ここの? って?」

「だから、この遊園地の……」

「いや、違うよ。だいたいもう閉園してる……よね?」

「え。してませんよ?」


 その時だけ呆気にとられたように少女はこちらと目を合わせた。


「え。いや、したでしょ? 数年前に潰れたって……」

「そうなんですか? でもやってますけど……」

「あれ……?」


 あまりに当たり前のように言われるので自信がなくなってきた。

 いや、だがそんなことよりも大事なことがある。

 ここを出てジョンを探さないと。


「ごめん、助けてくれてありがとう。僕は行かないと」

「そ、そうですか? ならいいですけど…………ってああああああああああーっ!?」

「え、え? 何?」


 声に驚いて振り向くと、少女は先ほど白い石があった場所に膝をついていた。今は台座と散乱したリングしかないその場所に。


「な、ない!」

「なにが……?」

「この遊園地のど、動力……動力源ですよぉ!」

「ど、動力源?」


 嫌な予感がして訊く。


「それってもしかして、白い石の……」

「それです! どうしたんですか!?」

「な、なんか触ったら消えちゃった……みたいな……」

「消えた……」


 ふらり。と少女が青ざめた。


「え、な、なんかまずいの?」

「まずいです。死にます……」

「そんなにまずいの!?」

「楽に死ねれば万歳です……」

「そこまで……」

「支配人は怖いから……」


 へたり込んだその肩がふるふると震えている。

 おそるおそるのぞき込むと、その目に涙が浮かんでいた。


「そ、その……ごめん。僕のせいで……」

「い、いいえ、気にしないでください。悪気がなかったなら仕方がないです。ぐすっ……」

「……謝りに行った方がいいかな。その……支配人って人に」


 少女は振り返って、涙目のまましばらくこちらをじっと見つめてきた。


 その途方に暮れた顔にふとジョンのことを思い出した。粗相をして怒られるのを待っているときの表情だ。逃げたいほど怖いけれど何とか踏みとどまる顔。

 彼女が何を考えていたかは分からない。ただ、おそらくは同じような葛藤に悩んだ末に目元をぬぐった。


「いえ。いいです」

「え。でも」

「マヒロさんでしたっけ。従業員でないならお客さんですよね」

「お客……かな。お金払ってないけど」

「じゃあ後でいただきます。でもお客さんに違いないのならボクたちはその人を楽しませるべきであって、謝らせるのは違うと思います」

「でもそしたら君が怒られるんじゃ……」

「そ、それはっ……うぅ。いえ、いいんです! 行きましょう!」


 少女は出入り口から外をうかがうと、ちょこちょこと走っていった。

 真尋は少し迷ったが……とりあえずついていくことにした。

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