18.リオはやっぱり無茶をする
沈黙が流れた。
火竜がゆっくりとあぎとを閉じる。
「……今なんて言った?」
「エリザベスさんのことが好きな人が……いるっていう、そういう、あのぅ……なんですけど」
声を小さくしていきながらリオ。
「誰が?」
「ネロネロさんです……」
「……ああ、あの空飛ぶクソミミズ」
彼女もネロネロにあまりいいイメージはないらしい。
火竜が嫌そうな顔でうめいた。
さて、ネロネロの頼みというのがこれだった。
『エリザベスちゃんからデートの約束を取り付けてほしいんだよ!』
どうやら彼はエリザベスに夢中らしい。
いや、彼に言わせるとエリザベスの方がネロネロに気があるらしいが。
どう見積もってもそんな様子はないにも関わらず。
この世に人気者のぼくを嫌いな奴がいるわけがない。
ならあれは好意の裏返しというものだ、とかなんとかいうのが彼の信じているところらしい。
『ぼくが直接行っても彼女照れちゃってね! 君たちが代わりに言えば多少緊張が解けるんじゃないかな!』
「生来の迷惑体質だねあれは」
火竜が舌打ちする。
「最近おさまってきたと思ったら」
「前もあったんですか?」
「前にもっつーかねえ。今までずっとあった。あたしがここに来てからずっとだ」
「ネロネロさんの方が先輩なんでしたっけ?」
「ああそうさ。あの頃からあのミミズはここの稼ぎ頭だった。でも、なんかムカつく野郎なんで敬意を払わないでいたら、何をこじらせたかあたしのケツを追い始めやがって」
「はあ……」
生返事をするリオを火竜が睨んだ。
リオがびくりと体を震わせる。
「とにかくだ、あたしはあいつのどんな誘いもお断りだよ。さっさと帰ってミミズに伝えな。あんたのことが大っ嫌いだってね」
「で、でも。このままだと園の営業に支障が……」
「それはそっちの都合だろう。分かってないね、あたしはチャンスをやってるのに」
「チャンス?」
「今回は生かして帰してやるって言ってんだ。さ、消えた消えた」
火竜がこちらに背を向けた。
リオが、何も言えずに立ち尽くす。
「リオ……」
呼びかけるが反応はない。
だが。
真尋はなんだかこの状況に見覚えがある気はしていた。
「ちょっと待ってください!」
一瞬誰だかわからなかった。
火竜も驚いた顔で振り向いている。
その視線と真尋の視線。二つが向かう先で、リオが肩を怒らせていた。
やっぱり見覚えがある。
ココとメイルに反抗したあの時の背中だ。
「そんな簡単に帰れって言われても帰れません! こっちはマヒロさんの命がかかってるんです!」
「……命?」
「口が滑りました! 忘れてください!」
勢いよく言って、前に出る。
諭すような口調で続ける。
「そっちの都合、なんて他人事みたいなこと言わないでください。ボクたちはこの獄楽ランドで一緒に働く仲間でしょう?」
「……」
「それに、ネロネロさんがかわいそうです。一回だけでもいいからデート、してあげてくれませんか?」
火竜の眉間にしわが寄った。
「あたしの気持ちはどうでもいいってのかい?」
「そういうわけじゃないですけど……同じ時間を過ごしたら気が変わるかもしれないじゃないですか。それで変わらないのならその時は本当に嫌いってことで」
「悪いけどそんなに簡単に言われても困るんだよ。あたしにもあたしの事情があるんでね」
「……事情?」
リオがつぶやくと、火竜がハッと表情を変えた。
「もういい、死にな!」
声と共に、空洞の中心にあった例の『火種』が強い光を放った。
その周りから炎が噴き出し空間を埋め尽くす。
「きゃあああああああ!?」
リオが悲鳴を上げる。
光に目がくらむ。
熱で息ができない。
このままでは……
真尋はリオをかばって前に出た。
「……なに?」
火竜の訝しげな声。
それもそのはずだ。荒れ狂う炎が、真尋たちの周りだけ避けているのだから。
真尋のアトラクション制御能力。
すんでのところで間に合った。
「逃げるよ、リオ!」
「はい!」
後は後ろも振り返らず、一目散に駆け出した。