16.なんなんだこいつ……
しばらくの間こちらを睨んでいたネロネロは、チロチロと舌を出し入れしながら馬鹿でかクッションの上へと戻っていった。
「なんだいなんだい新世代の歌姫さん。ぼくを笑いに来たのかい」
そのすねた言い方にリオが困った顔をする。
「一体何の話です?」
「カーッ、しらばっくれちゃって! 嫌味ったらしいったらありゃしない。人のお株をしれっと奪っておきながらさぁ」
リオに目で問うが、やはり心当たりはないようだ。
これでは話が成り立たない。
「あの、ごめんなさい、本当に何のことだか……」
「おやおや自覚なしアピール? 君って本当性格悪いんだね。ぼくの無垢な心がズッタズタ。ぬくもりはいずこに」
ネロネロはため息とともに尻尾の先を立てた。
「いいかい、君はぼくの愛しい子猫ちゃんたちをかっさらっていったんだよ」
「子猫ちゃん?」
「大事な大事なファンの皆さま。またの名を金づる」
「金づる……」
「お客さんのことですか?」
「君! お客様に対してその認識は失礼だろう!」
「ご、ごめんなさい」
「まあそうなんだけど」
「……」
なんだこいつ。
怪訝な顔をしていると、とにかく、とネロネロはリオに続けた。
「君は人の客を奪った。その重大さを分かってるかい?」
「え? あ、はあ……」
「なんだそのふぬけた声は!」
「ひっ……!」
「あれ? もしかして昨日のコンサートの件ですか?」
真尋が口を挟むと、ネロネロはクワッと目を見開いた。
「あれは悪魔の歌だった……!」
「えぇ……?」
「昼! ぼくの一番のかき入れ時! だが園にあの歌が響いたあの日だけは、金づるが並んでいなかった……一人もだよ!?」
開いた口がぶるぶると震えている。
「そんなことがあっていいはずがない。自然の摂理に反している。だってぼくは人気者……人気者なのに」
「ご愁傷様です……」
「嫌味かっ!」
「ひええっ……!」
真尋の背後に縮こまるリオを見下ろして、ネロネロは嫌そうに目を細めた。
「うわカワイコぶっちゃって何この子。毒吐きたい。ないけど」
「ごめんなさいごめんなさいぃ……」
頭を抱えてしゃがみ込んだリオをかばいながら、真尋は蛇を見上げた。
「あの……うちの部門がそちらの邪魔をしてしまったみたいで、ごめんなさい。これからは気を付けますので、機嫌を直していただけないでしょうか」
「……」
こちらを見下ろす疑い深げな視線。
「気を付けるって、例えば?」
「もうアナウンススピーカーでの拡散はしません」
「それだけ?」
「えっと……声、抑えめにするとか」
「駄目だなー。それだけじゃ、全然駄目だなー」
尻尾の先をくねくねと振りながらネロネロが言う。
「コンサートをもうしないってのはできないの?」
「え。いや、それは……」
「人気者のぼくが言ってるんだよ? 心的被害をこうむったこの人気者のぼくがさぁ。言うこと聞けないの?」
こ、こいつ……と真尋は顔をしかめた。
優位に立ったと思って調子に乗り始めたらしい。
リオに集客力でかなわなかったくせになんとも図々しい。
「そ、そこは……ネロネロさんには力がありますし、問題なくお客さんは集まるかと……」
「えー、そうかなー? ぼく、リオに集客力でかなわなかったしなあ」
「うっ……」
まずい。
このままネロネロがすね返ってしまえば、また動力源の暴走が起きかねない。
「お願いします、何でもしますからそれだけはどうか……」
「へえ。何でも」
にたり、と蛇が破顔した。
「何でもするんだ。へえ」
思わず後ずさりしてしまうほどのニコニコ具合。
「いやあ、悪いなあ。本当申し訳ないなあ」
そう思うなら遠慮してくれないかな。
こちらの祈るような気持ちを無視して、ネロネロは続けた。
「じゃあ君たちには、これをお願いしようかな――」