15.憎いコンチクショウ
近寄っていくと開けた場所があるのが見えた。
離れた場所に大きく頑丈そうな建屋もある。
広場は柵で囲まれて区切られていたが、入り口と思しき場所にはたくさんの人が詰めかけて破らんばかりの勢いで口々に何かを言い立てていた。
「乗れないってどういうことだ!」
「わたしはこのアトラクションのためにはるばる山を越えてきたのよ!」
「ようやく空を満喫できると思ったんだぞ。ずっと待っていたのに!」
まるで何かの反対集会か抗議デモのような不穏さだ。
リオと顔を見合わせる。
「一体なんだろう……?」
「ネロネロさん、何かあったんでしょうか」
聞くとここはスカイスネークの乗り場らしい。
この広場でその背中に乗って、空を一定時間遊覧した後再びこの広場に戻ってくる。
待ち時間は日にもよるが二時間三時間は当たり前。最長記録は五時間らしい。
それだけの人数が回転せずに滞っているのだからそれはそれは相当な人だかりになっていた。
「乗り場を開けろー!」
「アトラクションに乗せろー!」
「早急に我らに空の旅をー!」
「な、なんかまずくない?」
と言ったのは真尋だ。
対応は乗り場前のスタッフがしているようだが、明らかにキャパオーバーのようだった。
「……ボクたちも何かやらないとですね」
リオがうなずく。
と、その時だった。
「ぅぷ……!」
急に襲ってきた吐き気に真尋は身を折った。
「マヒロさん?」
リオが何か言っているが分からない。
「早く開けろよ!」
「待たせるな!」
殺気だった声の方はよく聞こえた。
耳にこだまして増幅して、化け物のうなり声のように響く。
「っ……!」
体の中で何かが膨れ上がった。
「マヒロさん!」
上空で爆音が弾けた。
びりびりと空気を震わせて地面を揺らす。
超大型の花火だ。
遠くの湖からまた水柱が上がった。
今度は今までよりもさらに勢いが激しい。
道脇のスピーカーからは聞き取ることもできない不快な音波が放散され、照明が点いたり消えたりしている。
詰めかけていた客もスタッフも誰もが呆気にとられた。
その中でリオだけが冷静だった。
「マヒロさん、こっちです」
小声でこちらの手を引き駆け出す。
真尋は転ばないようについていくだけで精いっぱいだった。
眩暈もひどい。
やがてドアからどこか屋内へと転がり込む。
そこでようやく吐き気がおさまった。
「大丈夫ですか?」
「うん」
荒い息を漏らしながら真尋はうなずいた。
額の汗をぬぐう。
「ごめん。ありがとう」
少しずつ動悸も落ち着いていく。
しかし一体何が起こったというのだろう。
壁に背中を預けながら真尋はリオの方を見た。
「なんだろ、急に苦しくなった……」
「悪感情のエネルギーが一気に流れ込んだからかもしれませんね」
「え?」
怪訝に思ってうめくと、リオはドアの外を手で示した。
「さっきの人たちですよ」
「雰囲気に当てられて……ってこと?」
リオはその言葉に首を振った。
「さっき動力源で注意すること、言いかけてたじゃないですか。覚えてますか? その二つ目です」
「有限だから使い方は慎重にってことと、あともう一つだっけ」
「はい。そのもう一つ。動力源のエネルギーは、人の感情をもとにしているんです」
「……え?」
こういうことらしい。
あの白い石はこの園のアトラクションのエネルギーを生み出す装置として動いている。
そして、アトラクションによって楽しませた人の感情を取り込んで、再びエネルギーとしているというのだ。
「お客さんの楽しいって気持ちがエネルギー源なんです。それによってこの遊園地は成り立っています。それなしではここはほんの一秒だって回りません」
「でもそれと今のと何の関係が?」
「あの石は感情なら何でもエネルギーの原料にするんですよ。エネルギー量的には怒りや悲しみのマイナス感情の方が大きいみたいです。でもその代わり制御しにくいとても繊細なものになる。さっきみたいに」
結果として楽しい気持ちの方が使いやすいということらしい。
「だから注意することの二つ目は、プラスの方のエネルギー供給を絶やさないようにすることです」
来園者が減ったり楽しめなかったりはなんとしてでも避けなければならないわけだ。
「わかった」
うなずいて、壁から背を離した。
額の冷汗はもう止まっていた。
しかしとんだアクシデントだった。
アトラクションが一つ止まっただけでこんなことになるならあまり気を抜いてもいられない。
「止まったのがネロネロさんのアトラクションっていうのも大きいですね。この園一番の目玉ですから……」
「何があったんだろう?」
「さあ……」
「知りたいかい?」
「そりゃまあ……」
顎に手を当ててから。
「!?」
真尋は慌てて振り向いた。
そういえばなんだか音の響きが変だなと思っていた。
室内にしてはよく抜けてくぐもらない。
広い空間の音の聞こえ方だ。
見るとどうやらここは先ほど見た、広場脇のあの大きな建屋の中らしかった。
そして奥に、何か見上げるほど巨大なものがうずくまっている。
「ハロー小さなお二人さん。もしかして傷心のぼくを慰めに来てくれたのかな」
それはぐるぐると大きくとぐろを巻いた蛇だった。
体は太く長い。
同じく大きな……クッションだろうか、その上に鎮座して、こちらに鎌首をもたげている。
「ちょうどいいタイミングだったよぉ。今退屈してたんだ。お土産はなに? いや大丈夫、高い物をとは言わないさ。多少マズくても構わない。量さえあれば。文句は後で考える、うん」
「ネロネロさん……」
リオがつぶやくと、蛇ははっと身じろぎした。
そのまま頭をするするとこちらへ近づけてきてから、恨めしげな声で言った。
「オゥシィーット……! リオじゃないか。チンチクリンの憎いコンチクショウめ。どの面さげてやってきたんだ」
「え? え?」
真尋とリオは訳が分からず立ち尽くした。