12.寿命が縮んだ……
がががががこん。ぷしゅー。こぽぽぽぽ……チン!
「チッ!」
壁から伸びるパイプにつながった謎の全自動機械。それが淹れたコーヒーを手に、鬼がこちらを振り返る。
不機嫌な視線に射抜かれて、真尋とリオは思わず背筋を伸ばし直した。
この遊園地に来て八日目の朝。審判の日だった。
呼ばれたのは例の支配人の部屋だ。
初めて来た時と内装に大きな違いはないが、唯一貼り出された標語の言葉だけは別のものになっている。『ノーワーク、ノーライフ』。仕事があることで人生が豊かになる……が普通の解釈なのだろうけれど。もしかしたら別の意味かもしれない。
「さて、期限なわけだが」
部屋の奥からにらみをきかせる鬼は相変わらずでかい。
真尋たちがいる入り口前からはそれなりに距離があるが、それでもそびえるように大きく見える。
そう思ってしまうのは、きっと単純に相手の背の高さだけの問題ではなく、鬼が放つ殺気の圧によるものだろう。ビビってこっちが縮んでいる……
鬼がコーヒーをすする。
その音がやけに大きく聞こえた。
部屋は無音ではない。回転する巨大歯車や噴き出す蒸気。城全体が稼働し、細動しているためにうなるような低い音がひっきりなしに響いている。
そこに加わる早鐘のような自分の心音。
直立不動の真尋の頬を冷や汗が伝う。
「…………」
沈黙の中、窓の外からの日光が陰る。
鬼の漆黒の瞳が、薄暗くなった部屋でくっきりと浮かび上がった。
「お前に下された審判は……」
ごくり。呑みこむ唾が苦い。
口の端をゆっくりとつり上げていく鬼の顔を絶望と共に見上げる。
震え上がる真尋に鬼は告げた。
「ケッ、馬鹿馬鹿しい。やめだやめ」
「え」
「保留続行だよ」
呆気にとられた真尋を無視して、鬼はコーヒーをぐいっと飲み干した。
空になったカップを乱暴に机に置いて、そのそばのソファにどっかと腰かける。
「あークソ。角の先ほども面白くねー!」
「ずいぶんもったいぶりましたな」
部屋の隅の止まり木にいた大佐が口をはさんだ。
実を言うと最初からずっとそこにいたのだが、今まで何も言わなかったので存在を忘れかけていた。
鬼はフンと鼻息をふかす。
「すぐに言ったらつまんねえもんがクソつまんねえもんになるだろうが」
「ってことは、あのー……マヒロさんはまだここにいてもいいってことですか?」
真尋の隣から、いや、ややその背中に隠れるようにしてリオが訊く。
「八つ裂きはなし……?」
「そう言ってんだろ。もう一回言わせるようならお前を引き裂くぞ」
「ぴゃ!」
リオが慌てて真尋の後ろに逃げ込む。
代わりに今度はこっちに鬼の視線が向いて、真尋は思わずのけ反った。
「……ったく。本当にこのバカ二匹がパーク中の客をステージに釘づけたっていうのかよ」
「それについては間違いありませんな。我が軍でしっかり確認いたしましたので」
「お前らは信用ならん。つってもまあ俺も見たけどよ。マジかよあのあいつらなあ。ここにいるこいつらと結びつかねえんだけど」
まあいい、と鬼は首を振った。
「もう行け。んで働け。この園のために稼いで来い。だが安心はするなよ。動力源の分離法は大体分かってきてるんだ。せいぜい残り少ない人生を謳歌するんだな」
「…………」
最後に突き付けられた言葉に、重い気分で部屋の扉に手をかける。
「大丈夫ですよマヒロさん」
小声でリオが元気づけてくれる。
「きっと何とかなります」
廊下に出る。と、入れ違いに青い小鳥が部屋に飛び込んでいった。
二等兵だ。何号だかは分からないが。
部屋の扉の向こうから、その甲高い声が響く。
「支配人支配人! 分離術式構築が失敗したよー! もう何度目?」
「馬鹿野郎! 声がでけえんだよ!」
そう言う声の方がよっぽど大きかったけれど。
扉を指さしてリオはいたずらっぽく笑った。
「ね?」
その笑顔に引っ張られるように、真尋も思わず苦笑いした。
◆◇◆
窓からは遊園地の全てを見渡すことができる。
中央の湖、エリザベスの火山、入場ゲート……野外ステージもだ。
やや曇りがちな空の下、全てのアトラクションがいつものように稼働している。
天気が荒れれば出せないネロネロのアトラクションも、この空模様ならば問題ないだろう。
「よかったのですかな?」
無言で窓辺に立つ鬼の背中に、止まり木から大佐の声がかかった。
鬼は振り向かずに訊き返す。
「何がだ?」
「あの少年から動力源を引きずり出さなくても?」
「できるならとっくにやってる。分離法にまだ確実なのがない」
「いえ、そういうことではなく。安全な分離はもう不可能なのではありませんかな? 術式の構築失敗はすでに五十三回目。コストがかさみすぎています」
「だとしても分の悪い賭けはしたくない。今は殺せない」
自分で言いながらも、鬼はその苦味をかみしめていた。
獄楽ランドの支配者たるこのガルダンが、あんなつまらないガキ一人殺せないなどとは。はらわたが煮えくり返るような気分だった。
「だいたいなんだお前。殺そうとした時に俺を止めたのは誰だった?」
「私は即断をお止めしたのです。時間をかけることに意味がないとなれば生かしておく理由もないかと」
「本当に意味がなかったらな! クソが」
毒づくガルダンに大佐が首をかしげる。
「どういうことです?」
「金だ」
「は?」
「リオが歌えば客が来る。金が入る。見ただろ? あれだけの集客力だ。メイルの家が単体で落とす金額なんてカスみたいなもんだよ。比べ物にならん」
「はあ、なるほど」
合点がいったように大佐はうなずいた。
「確かにあの少年を殺せばリオは歌わなくなるでしょうな」
「そうだ。それを考えればあのガキを生かしておいてやることぐらい……まあ不本意だが、呑みこむさ」
ギリギリと歯ぎしりしながらガルダンは言い終えた。
手に力がこもり、そこに捕まえていたインコ二等兵がぐえーと声を上げた。
「わー苦しー」
無視して大佐の方を振り返る。
「ところで、あれは一体何だったか分かったか?」
「あれですか。いえ、まだ」
大佐が止まり木を蹴って、こちらに飛んでくる。
器用にガルダンの肩に着地して窓の外を覗き込んだ。
「打ち上げ花火、紙吹雪、アナウンスジャック……原因は分かっていません。いませんが、明らかにそれらをコントロールする意思を感じます」
「ガキか。だがどうやって?」
「動力源を取り込んでいますからな。おそらくはそのあたりが怪しいかと」
ガルダンはため息をついた。
「まったく、面倒くせえな」
「では?」
「いや、殺さねえよ。当面アトラクションのエネルギー供給に問題はなさそうだし、さっきも言った通り金の方が大事だからな」
「ふむ。しかし他にも気になることはあります」
「最近園に出る不審な奴らのことか」
「現在調査中です。油断はできません」
「分かってるさ。金稼ぎは慎重に。だががっぽりと、だ」
その時窓の外に見える湖が、爆発するように弾けた。
大きく水柱を上げて水をまき上げる。
「……なんだ?」
ガルダンは顔をしかめた。