第一章・磯鶴高校船釣り部・その四
日が傾いてきました。
五目釣りは、まだ釣り研究部の誰も達成できていません。
マハゼやウミタナゴならいくらでも釣れるのですが、たまにアジがかかる程度で、数はともかく種類が揃わないのです。
「あっ、きた!」
八尋の竿に僅かな魚信がありました。
手首で合わせると、ギュギュッと力強い引きが。
竿がキューンとしなります。
「これ重い! ウミタナゴじゃないよ!」
引きが強いというより、魚自体が重い感じです。
「やべぇ、さっさと引き上げねぇとハリス切られるぞ!」
歩は竿先を見ただけで、なにがかかったのか察したようです。
「ええっ⁉」
慌ててハンドルを回すと、思ったよりあっさりと引き上げられました。
魚長は三十センチ弱、斑模様で寸胴な独特の魚形。
さすがに初心者の八尋でも一目でわかりました。
「フグだあっ!」
悪樓を除けば、八尋が釣り上げた中で最大サイズの魚です。
「ショウサイフグだぁ!」
目の前に寄せると、ショウサイフグはなかなかラブリーな顔つきをしていました。
「これ……食べられないんだよね?」
フグには毒がつきものです。
実際ショウサイフグには、卵巣と肝臓に猛毒が、皮膚と腸には強毒がありました。
白身の筋肉にも弱い毒がありますが、こちらは資格を持っている人が下処理しないと、食べるどころか調理もできません。
「マキエがふぐ調理師免許を持ってるから食えなくもねぇんだが……部の禁止事項に触れるから無理」
万が一にも中毒患者を出せば、部や学校の責任問題になるからです。
「そっか……って、小夜理さん免許持ってるんだ!」
「家業でフグ釣りもやってるからなぁ。客が帰ってから調理できるように、三枚おろしにするのも仕事のうちなんだと」
「凄いなあ」
八尋が感心していると……。
ブッブッブッブッブッブッ。
仕掛けにぶら下がっていたフグが、ブツブツいいながら膨らみました。
「うわあ可愛いっ!」
たちまち生フグ提灯のできあがりです。
「持ってみろよ」
「ひんやりして気持ちいい……」
プニプニプクプクザラザラして、とても心地よい感触です。
「カエルみてぇにヒンヤリしてるだろ?」
「その例えはやめて欲しかったよ」
苦手なカエルの感触に興味が湧いてしまいました。
「ちょいと強めに握ってろ。いまハリを外してやる」
「それくらい自分で外せるよ」
「いや飲み込んじまってるし、こいつはちょいと危険だからな」
フグの口吻は一見クチバシ状ですが、その実体は貝殻を粉々に砕くペンチです。
噛まれたら痛いなんてもんじゃありません。
「ハリスを切っちまうのが簡単だけど、放流するから傷つけたくねぇ」
できれば長時間触れるのも避けたいところです。
歩は先に鉤のついた金属棒を出しました。
「ハリ外しだ。こいつを糸に引っかけて……」
かけた鉤を糸に絡ませたまま、フグの口内へと滑らせます。
左手はフグを持つ八尋の手を押さえていました。
「う、うわあっ……」
八尋はたちまち頬を赤らめます。
「こう、コチャコチャッとやれば……」
鈎が外れて、フグの口からちょっとだけ血が出ました。
「どうした? 気持ち悪ぃか?」
「いやなんでもない!」
恥ずかしさとドキドキを必死で隠します。
「それよりリリースって、海に投げればいいの?」
本来なら海水に浸けて優しく放流したいのですが、八尋たちのいる堤防は海面から何メートルも上にあります。
「放り込め。おっと、証拠写真撮っとかねぇとな」
歩がスマホで手早く撮影を済ませました。
「もういいぜ」
「ありがとう歩さん」
八尋はショウサイフグをポイッと海に投げ込みます。
「痛い思いさせてごめんね」