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つりみこ2 ~八尋・誘拐~  作者: 島風あさみ
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終章・その二(最終)

「ウミタナゴってアレな感じだったね~」

「うんまあタレの味だったね」

 夕焼け空に夜のとばりがかかり始めた頃。

 釣り研究部の四人は魚料理を食べ終えて、部室小屋を出て最上段の校庭を歩いていました。

「だから淡泊たんぱくすぎるっていったろ! 一夜干しで身がまるとイイ感じになるんだよ!」

 あゆむは魚の味をけなされてご立腹です。

「いまはしゅんではありませんしね」

 小夜理さよりも(歩ではなく)可愛そうなウミタナゴの弁護を始めました。

「旬は秋から冬にかけてですけど、春になると胎児が育って塩辛しおからがおいしいんです」

「胎児? 卵じゃないの?」

卵胎生らんたいせいなんです。お腹の中で卵をかえして育てるんですけど、昔はよく安産祈願で妊婦さんに食べさせたそうですよ」

 四月になるとお腹がパンパンにふくれ上がります。

 ウミタナゴが最も大きくなる季節でもありました。

 夏場はせいぜい十五センチ程度の魚長が、春になると二十五センチを超えたりもします。

「稚魚は放流リリースじゃなかったっけ~?」

 風子ふっこは歩の隣で、ゆっさゆっさとれるエアバッグをながめながら歩きます。

「まあ、そうなんですけどね。でも一度くらいは食べてもバチは当たりませんよ」

「ふうん……」

「そういや一部のサメも胎生だったな」

 卵胎生だけではなく、お腹の中で子供に栄養を与えて育てる真胎生のサメも存在します。

「たまに総排出腔そうはいしゅつこうから胎児が顔を出すらしいぜ」

「ホント⁉ それ可愛い!」

 思わずヒラシュモクザメのお尻から見える赤ちゃんの姿を想像しました。

「まあ腹ん中で共食いするんだけどな」

「ぐばあっ!」

 夢も希望も打ち砕かれる八尋やひろ

「ちなみに生まれてすぐ逃げねぇと、母親に喰われる」

「げぼあっ!」

 トドメを刺されました。

「エグい話は禁止!」

 パコンッ!

 小夜理のお玉が炸裂します。

「いつも魚の腹かっさばいてんだし、これくらいグロのうちにゃ入らねぇだろ⁉」

「臓物は子供を食べたりしません!」

「でも釣った魚の胃袋から稚魚が出たりするぜ?」

「うっ…………」

 感情論で生態系は語れません。

「でもまあ、俺が悪かった。ウミタナゴもうまく調理してやれなかったしなぁ」

 煮つけを作ったのは歩です。

「魚の悪口をいった罰だね~」

 風子は自分の事を棚に上げました。

仇討あだうちだったんだ……ごめんね」

「いいさ。まあ明日になったら干したのを焼いてやるよ。こっちは結構(うめ)ぇぞ?」

「うん」

 握手抜きでの仲直り。

「ああ歩ちゃん、丁度よかった!」

 振り返ると、そこにはワインの大樽おおだるみたいな巨漢がいました。

「わあっ!」

 八尋は同年代の男子が(マッチョ以外は)苦手です。

 瞬時に小夜理の背中に隠れました。

「わひゃっ!」

 突然接近されて、必死に目玉グルグルと戦う小夜理。

 どうやらヒラシュモクザメの歯に魔性の封印効果はなさそうです。

こうちゃんかぁ」

 歩の従兄いとこで二年生の相楽光蔵さがらこうぞう

 莞子かんこたちのいる船釣り部の部長でもあります。

「夏祭りの打ち合わせでもあるのかぁ?」

 歩の家は神社です。

「うん、出店の順番がなかなか決まらなくてね……」

 二人は八尋たちの存在をすっかり忘れて、歩きながら話し込んでいました。

「うっ……相楽先輩のお父さんって、漁協の職員を務めていらっしゃるんです……」

 必死にグルグルと戦いながら説明する小夜理。

「歩のお父さんは町内会にも影響力がありますし、磯鶴いそづる神社の祭神さいじんは海神様ですから……」

 親戚というだけでなく、漁協とのつながりも深そうです。

「すみません、ちょっと離れてください」

「あっ、ごめんね」

 危うく抱きすくめられたりほおずりされたりするところでした。

「ひょっとして、漁師さんが出店やったりするの?」

「漁協でサバのフィッシュ&チップスを出すそうです」

「メシマズの国で唯一食べれるやつだ~!」

「ウナギのゼリー寄せを出す案もあったそうですよ」

「●国面キタ~!」

「それ提案したの歩さんでしょ?」

「正解です」

 無駄話をしているうちに、歩たちとの距離がすっかり離れてしまいました。

 校門で別れてからは、それぞれの帰路につく予定ではありますが、歩は部室小屋の鍵を職員室に返さなくてはいけないので、そのうち戻ってくるでしょう。

稲庭いなばくん、光蔵さん見なかった⁉」

 綱島つなしま莞子が息を荒げて飛び込んできました。

「あっち行った!」

 すかさず校門を指差す八尋。

「サンキュ!」

 また走り出す莞子。

「綱島さんって、あんな凄い人が好きなんだ……」

 光蔵のルックスは、八尋の想像のはるか斜め上を行っていました。

 クォーターどころかLLサイズですらありません。

 しかし八尋は気づいていました。

 あの分厚ぶあつい脂肪の下に、頑強な筋肉が隠されている事を。

「でも本当に凄い人なんですよ? 二級小型船舶操縦士免許や海上特殊無線技士免許を取得していますし、漁業権にもくわしいんです」

 小夜理は船に乗るたびにキラキラレインボーしてしまうので、まだ船舶免許を持っていません。

 家業の釣り宿は、お兄さんが継ぐ予定なので、もしかしたら一生取得せずに終わる可能性もあります。

「あゆちゃんって~、イケメンに興味ないよね~?」

 早速、風子が相性診断を始めました。

「だから綱島さんもウカウカしてられないんだね」

「そもそも~、あゆちゃんって男の子に興味あるの~?」

「歩は男嫌いというほどではありませんが、男子とは昔ちょっとありまして。もちろん光蔵さんは別ですが……」

「ホント⁉」

 男子が苦手な八尋に共感できそうなお話です。

「詳しくは私の口からはいえませんけどね」

「ええ~っ⁉ 知りたいよ~!」

 風子も興味津々(きょうみしんしん)です。

「じゃあ今度、本人に教えてもらったらどうですか?」

「話してくれるかな~?」

「隠してはいませんから、きっと大丈夫だと思いますよ」

「ふうん……」

 どんなお話になるのかは、また次回。


                                    (おわり)

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