断章・その五
後日談。
醒州での戦闘は『玉髄の推進機関から逃げ出した宝珠の白和邇が生成りと化して暴れ、蕃神様が捕縛した』という情報操作が行われ、政府により公式に発表されました。
魔海対策局が泥を被る形になったものの、八尋とヒラシュモクザメの関係を機密扱いにしていたのが功を奏し、また醒州の陸海軍や世羅家にも恩を売れたと玉網媛はご満悦。
玉網媛の魔海対策局長退任と宝利命の局長就任が白和邇脱走事件の直後だったのも幸いし、二人の進退問題には発展していません。
その代わり、これを機に魔海対策局の組織改革が行われました。
気象庁と、その上部組織である運通省から独立し、内閣直属の魔海対策庁に昇格となったのです。
柑子首相が法案を提出し、可決するまでにかかった時間は僅か三日。
前々から準備していたのもありますが、江政での魔海発生が災害に繋がったせいで、迅速な対策が求められたのです。
長官は元・局長にして前・神官長の巻網媛。
ただし長官とは名ばかり、実質は国務大臣扱いで、『首相の細君を入閣させるとは何事か』と一時は議会の反発に遭いましたが、巻網媛を直接知る与野党の議員さんや官僚さんたちが血相を変えて止めました。
もちろん予算は激増。
全国に支局の設立が決定され、なのりそ庵は仮庁舎兼本局棟になりました。
新しい庁舎は皇都に建設される予定ですが、いつになるのかは見当もつきません。
宝利命は肩書きが局長から次長兼本局長に変わったものの、いまのところ仕事の内容に大差はなく、それどころか減っていました。
それでも昇進に違いはなく、傀儡局長の汚名も返上できたのですが、当の本人は、 ひょっとして艦長になる夢が遠ざかったのではと青ざめています。
抄網媛は現在、首相官邸で巻網媛の指導を受け特訓中。
次の悪樓釣りまでには、なのりそ庵に戻ってくる予定です。
――それまで生きていればの話ですが。
支夏命は醒州にある古文書を掻き集め、皇室に写本が存在しない文献を仕分けています。
抄網媛が天蓋つき寝台で八尋に見せた資料は、支夏命が研究していたものでした。
質の悪い双子の姉が、名前と姿を騙って軍用車両を開発していたせいで、しばらく考古学会に顔を出せなかった支夏は、ようやく本分に立ち返れると大喜び。
いずれ皇居にある資料を全面的に調査したいと張り切っていますが、きっとその前に全国から古文書の山が押し寄せるでしょう。
本局づけの神官長に昇進した玉網媛はというと、激減した仕事量に、ただただ茫然としていました。
各省庁から集まった有能なお役人さんたちと宝利に仕事の大半を奪われて、いまは全国の神気図を作成したり、お茶を飲みながら支夏が送ってくる資料を眺めるだけの日々を送っています。
「わたくしがこれほどまでに無能であったとは思いませんでした……」
巻網媛が【ばけもの】と呼ばれる所以となった苛烈な業務をそのまま引き継いで、その組織を改革もせず、無理をして真面目に遂行しようとしたのが問題視されたのですが、玉網媛は己の不甲斐なさに嘆くばかりです。
自分自身のブラック業態に気づくのは、もう少し先になるでしょう。
しかし、執務室の窓辺でノンビリしていられるのも時間の問題。
数週間後には、支局の神官長や巫女さんになる候補生たちが、全国からやってくるのです。




