第五章・魔性・その二
「おい見たか?」
「ああ……凄え美人だったな」
「乳もすんげえ」
「そこじゃねえ! 身の丈だ!」
「女性なのに殿下と大して変わらなかったぞ……」
「そういやそうだ。遠目だったし、俺は醒州海軍からの出向組だから気づかなかった」
「比較対象がでかすぎるんだ。つーか巻網媛って醒州の出身じゃなかったっけ?」
「媛は写真がお嫌いだそうな」
隠し撮りをしようとしても、神気が邪魔をして画像が乱れます。
「新聞に旦那と一緒の写真が出たくらいか」
首相夫人ともなれば、さすがの巻網媛も政府の公式写真だけは断れません。
「そういや背景に階段があったな」
「段差で誤魔化したか」
「宝利殿下って何メートルあったっけ?」
「メートル単位かよ」
「前に計測した時は、確か六尺六寸(約二メートル)くらいだったな。最近また背が伸びた気がするし、いまはもっとあるかもしれねえ」
「てえ事は、巻網媛は六尺五寸(百九十七センチ)ってとこか」
測的兵さんが目測で身長を割り出します。
「皇族ってすんげえ……」
「そういや抄網媛もでかかったな」
「五尺七寸(百七十六センチ弱)はあった」
「うちの媛さんは普通でよかった……」
玉網媛は五尺三寸(約百六十センチ)くらいです。
「怒るとすんげえ怖えけどな」
「なんか黒いのが出て肝を抜かれたって話だぜ」
「妖怪かよ」
「皇族って無茶苦茶なんだな。本当に人間かよ」
「お前らそのへんにしておけ。俺は玉髄の古参だったから知ってるが、巻網媛はマジで恐ろしいお方だぞ? 悪口は絶対に聞き逃さねえし、どこにいてもぶん殴られるって話だ」
「あんなのに叩かれたら……」
「死ぬな。絶対死ぬ」
「宝利殿下が二人になったようなもんだ」
「もっと怖い。六年ほど前に、さるお方が後部信号檣の見張り所までぶっ飛ばされるのを見た」
「どっちだ? 上か? 下か?」
玉髄の見張り所は、帆柱の上下二か所に設置されています。
「上だ」
見張り所は漏斗のような形で、雨よけの傘がついていました。
「甲板から打ち上げてスッポリ」
まさにホールインワン。
「おお~っ!」
「あのお方がまだ生きていらっしゃるのが不思議でならねえ」
「殿下だってそこまではしねえよな」
「せいぜい露天艦橋までだよな」
「俺とんでもねえ艦に乗っちまったよ……くわばらくわばら」
「ところで、あのお方ってまさか……」
「ああ、いまの首相閣下だ」
「殴って射止めたって噂は本当だったのか」
「被虐趣味者って奴か? 痛いのが気持ちいいってマジかよ」
「いや、実際は順序が逆だった。口説こうとして殴られたらしい」
「どっちでもいいだろ。結局は結婚しちまったんだし」
「あんな凄えのを口説こうって首相がまず凄え。なんだかんだで口説き落としたのも凄え。さすが弥祖のお頭やってるだけはあるぜ」
「皇族ってのは、つくづく無茶苦茶な一族なんだな」




