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つりみこ2 ~八尋・誘拐~  作者: 島風あさみ
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断章・その四

宝利ほうり……ヒラメ釣りの時だけど、神力が使えなかったの? ぼくのせいで?」

 八尋やひろは遅れてやってきた【霜降雀しもふりすずめ】の後部甲板くをうたあでっき項垂うなだれていました。

 はだけた浴衣ゆかたは帯をめ直され、半纏はんてんがかけられています。

 そしてその後ろには巨大なマッチョ。

「それなりには使えた。仔細しさいない」

 宝利の法外な神力は、八尋の無効化をわずかながら上回っていました。

 しかし、さすがに連続ジャンプはキツかったのか、途中で神力切れを起こして着地に失敗し、足首と背中を負傷しています。

「八尋のせいでもなかろうし、あの程度の怪我けがなど、吾輩わがはいにはどうという事はない。終わりよければ全てよしだ」

「そうかもしれないけど……それに、さっき刺されたところ、本当に大丈夫だったの?」

薄皮うすかわ一枚といったところであるな」

 宝利に大胸筋を見せてもらっても、傷口がどこにあるのか、さっぱりわかりません。

「まさにはがねの筋肉だ……」

 漫画みたいな頑丈さです。

さわってもいい?」

「むうっ⁉ い、いや……勘弁してくれ」

 宝利は顔を真っ赤にして後ろを向いてしまいました。

 八尋はウルル(エアーズロック)のような胸板を隠されて、ちょっと残念そうです。

「それより誘拐犯の処遇だが……」

 抄網媛すくみひめは霜降雀へと回収されて、いまは船長室きゃぷてんずきゃびんで拘束されています。

世羅せら家の対応にもよるが、おそらくは内々に処理されるであろう」

「まさか人知れず処刑とかされないよね?」

 危うく手籠てごめにされるところだったのに、八尋は抄網媛の心配をしていました。

「刑法は適用されぬ。だが相応の罰……いや、仕置きが待っておるであろうな」

「あの人なんか様子がおかしかった。必死になにかと戦って、ぼくを助けようとしてたんだ」

「助けるどころか狼藉ろうぜきされておったように見えたが……」

「エッチなことをしたいのに、頑張って我慢がまんしようとしてた」

 押し寄せる劣情と戦うのは、女たらしで強欲な抄網媛には耐えがたい苦行です。

「なるほど兄上もそのような事を申しておったな。玉網姉たまみあねに調査と酌量しゃくりょうを進言しておこう」

「ぼくの周りにいる人は、みんなああなるんだ。目玉がグルグル回って、正気じゃなくなっちゃう」

 抱きしめられたりセクハラされたりは日常茶飯事です。

おのれの力でどうにもならぬものを気に病むな」

「いつか大変な事になるって思ってたけど……本当にそうなっちゃった」

「間にうたであろう? 八尋がこの世におる限り、吾輩がいつでも守り進ぜよう」

「守られてばっかりじゃ駄目なんだよ……」

 宝利はプロポーズのつもりでいったのですが、初心うぶな八尋には通じませんでした。

「うむうっ……だが、他者に好かれるのは八尋の力であると思うぞ?」

 船べりに巨大なヒラシュモクザメが顔を出しました。

 まとう光波を黄緑色から青へと変じて、生成なまなり状態のまま霜降雀と並走しています。

「あの白和邇しろわにも八尋の力であり眷属けんぞくであろう?」

 霜降雀の周囲には、抄網媛と支夏命の身柄を気遣きづかう醒州海軍の艦隊が取り囲んでいますが、サメは平然と泳ぎ回っています。

「ヒラさんは友達だよ。あの子もぼくの力だっていうの?」

 八尋は気づいていました。

 ヒラメ釣りの時にヒラシュモクザメが八尋の元へとせ参じたのは、体質かなにかが釣王ちょうおうに似ているせいだということに。

「釣王のお下がりだろうが、いまは八尋の友だ。和邇とて義理でつきおうておる訳でもあるまい」

「……そうだね」

 ヒラシュモクザメが八尋をどう思っているのかは、感情がつながっている八尋自身が一番よく知っています。

 縁を結んだのは釣王ですが、サメと八尋の友情は本物でした。

「でも、友達に助けられてばっかりなのは、どうかと思う」

「見返りか? それは八尋の笑顔だけでじゅうぶんであろう」

 宝利は片膝をついて、八尋と目線を合わせました。

「笑え。さすれば吾輩も、この命続く限り笑おう」

 八尋に顔を近づけてニヤリと笑います。

末永すえながくく吾輩のそばにおれ……いや、おってくれ」

  次の瞬間、宝利はたちまちほおを赤らめうつむいていました。

「……………………」

 さすがの八尋も、いまの言葉がプロポーズだと気づきました。

 プニプニのほっぺがみるみる桜色に染まります。

 そして後ろを向くと、

「ごめんね。ぼく、やっぱり元の世界に帰りたい」

「…………そうか。ならばいたかたあるまい」

 プロポーズを断られたからといって、顔をしかめるような宝利命ではありませんでした。

 八尋に笑えといったからには、意地でも笑顔をくずしません。

「だが如何いかにして戻ると申すのだ?」

「わかんない。でも帰らなきゃ」

 その時、霜降雀の直上をヒラシュモクザメが追い抜きました。

「えっ? ヒラさん、なにかいった?」

 サメは周囲を旋回して、また船尾のそばに戻ります。

「ヒラさんにもらった歯? あれがどうかしたの?」

 バシャッ!

 その瞬間、八尋の姿が消失しました。

 あとにはれた甲板でっき吐瀉物としゃぶつが残るのみ。

 生成りのヒラシュモクザメも姿を消し、宝珠に戻って後部甲板を転がります。

「……相変わらず八尋は神出鬼没であるな」

 八尋が元の世界に帰れなくなって、ずっと女の子のままになって、ようやくチャンスがおとずれたと思ったのに、プロポーズした途端とたん、あっさり逃げられてしまうとは。

 磯鶴いそづる高校三年A組、稲庭いなば八尋。

 もうすぐ十六歳。

 元は男の子なのに、なかなかの女狐めぎつねぶりです。

「そして常に吾輩の心をき乱す」

 弥祖皇国第三皇子(おうじ)、宝利命。

 満十六歳。

 同じ相手に二度目の失恋でした。

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