表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つりみこ2 ~八尋・誘拐~  作者: 島風あさみ
42/49

第四章・ベッドの上でお勉強しよう(意味深)・その十三

「なんだか騒々《そうぞう》しくなってきたね」

 砲声が聞こえたり城壁がくずれたりしているので、州海軍が何者かと交戦中なのは察している抄網媛すくみひめですが、まさか宝利命ほうりのみことが単身で城内に乗り込んできたとは思いません。

「宝利だ! きっと宝利が助けにきたんだよ!」

 でも八尋やひろだけは信じていました。

 無敵で正義のスーパーヒーローが、とらわれの姫君(?)を救出にこない訳がありません。

「これは抱き心地ごこちを楽しんでる場合じゃないね。よし、急ごう」

 狂気に巻かれて時間稼ぎをすっかり忘れ、目玉をグルグルさせつつ、八尋と既成事実を作りたい欲望に突き動かされる抄網媛が、着物のすそをはだけてシャツのボタンを外しました。

「いやちょっと待ってキャーッ!」

 シャツの間から黒い乳押え(ぶらじゃあ)がはみ出します。

「なんだ八尋くん、おっぱいは嫌いかい?」

 乳押えはすぐ脱げるように作られているのか、前面に留め金(ほっく)がたくさんついています。

 抄網媛はその留め金をプチプチと……。

「嫌いじゃないけど目の前で脱がれるのは生々しいよ!」

 八尋は両手で顔を隠していますが、広げた指をどうしても閉じられません。

 いまは女の子でも、中身は健全な思春期の男児高校生なのです。

「ほら、八尋くんのも見せてよ」

「うわーん助けて宝利―っ!」

「うーん、殿方が恋敵らいばるとは心外だなあ」

 うすい胸を必死に守る、か細い両腕をかき分けて、抄網媛は指と尻尾でピアノをくように、優しく八尋をかなでます。

「うわひゃひゃひゃひゃ~~~~っ⁉ くすぐったいよやめてやめてやめてーっ!」

 嫌がる八尋はうつぶせになり、座布団くっしょんかかえてダンゴムシのように体を丸めました。

「あっははははっ! いねえ愛いねえ! じゃあ次はこっちを……」

 今度は首筋から背筋にかけて、ツツツーッと指先を走らせます。

 ゾクゾクゾクゾクッ!

「きゃううううううううぅぅぅぅ~~~~~~~~んっ!」

 八尋はたちまち海岸に打ち上げられたクラゲみたいにグッタリしてしまいました。

「くぅーっ! たまらないっ! 堪らないねえ! こんなに可愛らしい反応をする子は初めてだよ!」

 調子に乗った抄網媛の魔手が、脱がしかけの浴衣ゆかたつかんだ瞬間……。

 バコォッ!

 石積いしづみの壁からブロックが一つ飛び出しました。

 ガコッ!

 四角い大きな石が抄網媛の耳をかすめて、放物線を描かずに反対側の壁へと激突し、そこにあったブロックをはじき落とし、その穴にスッポリと収まります。

「ぬっ……近すぎたか?」

 開いた穴から宝利命が顔をのぞかせました。

「宝利!」

 黒衣のマッチョ様がお姫様(?)を助けに現れたのです。

 宝利の声を聞いた瞬間、フニャフニャになっていた八尋の全身に力がよみがえり、表情がパッと明るくなりました。

「どうやら間にうたようだな」

 穴から宝利の顔が消えて……。

 ドゴォッ!

 寝台べっどから少し離れた壁に大穴が開きました。

 現れた宝利は、しばられ頭に大きなコブを作って気絶している支夏命しなつのみことを、酔っ払いの寿司折すしおりみたいに軽々とぶら下げています。

「話は兄上から聞いたぞ。男装して、いろいろとやらかしておったようだな」

「ようやく王子様のご登場かい? 州陸軍の警備はどうしたの?」

 抄網媛は慌てず騒がず、着物からこぼれた胸を収納し、軽くえりを直してから八尋を抱き寄せました。

「吹き散らした。怪我人は出しておらぬ」

 頭を打ってノビている支夏以外は。

「一人で?」

 寝台の柱に隠していた西洋風の細剣れいぴあを抜き出す抄網媛。

「うむ。城内に進入したのは吾輩のみだ」

「じゃあ宝利を倒せば終わりだね。こっちには八尋くんがいるし、簡単には負けないよ?」

 細剣の刃が八尋の首筋に当てられます。

「人質にはならぬと思うが……?」

 ぶら下げていた支夏をポイッと放り投げました。

「でも宝利は動けない」

 切先が八尋かられて、宝利命に向けられます。

わらわの神力は宝利に遠くおよばないけど、一点に集中すれば障壁だってつらぬける」

 八尋はゾッとしました。

 徒手空拳でも人間の上半身を消し飛ばせる神力を、細剣に乗せて突いたら、いくら宝利でもどうなるか……。

「やめてよ! 姉弟喧嘩きょうだいげんかに刃物なんてよくないよ!」

 必死になって止める八尋ですが、二人の皇族おうぞくは気にもめません。

「なに構わぬ。思いきりやるといい」

 宝利はズシズシと前進を始めました。

「おいちょっと止まれよ! こっちには人質が……」

 抄網媛は気づきました。

 小さくて可愛い八尋を傷つけるなど、例えお天道てんとう様が許しても抄網媛自身が許せません。

「なるほど、確かに人質にはならないね……」

 もう一度細剣を八尋に向けようとして思いとどまり、切先を宝利に向け直します。

「ならば八尋を離せばよい。いざ尋常じんじょうに勝負と参ろう」

「……それもできない相談だなあ」

 八尋の抱き心地がよすぎて手放せません。

「でも、それ以上進むと本当に刺すよ?」

 宝利はもう目の前です。

「好きにせよ」

 筋肉モリモリの足は止まりません。

 切先がとうとう宝利の胸板に届きました。

「宝利⁉」

「ちょっと本当に刺すよ……って宝利硬かたすぎ!」

 本気で殺す気がないとはいえ、切先が突き立っているのに血が出ていません。

 細剣ごと宝利に押され、抄網媛が後ずさります。

「借りるぞ」

「ええっ⁉」

 宝利は抄網媛の細剣を片手でヒョイと奪い取り、刀身をにぎってちょっとコネコネすると、たちまち(オメガ)の形になりました。

 映画のトリックに使う小道具に丁度よさそうです。

「そんなあっさり⁉」

 抄網媛は開いた口がふさがりません。

「神力を集中させれば貫けるはずなのに!」

 抄網媛はまだ宝利が神力で障壁を張っていると思っているようです。

 その障壁を一点突破するために細剣を使ったのですが、まるで通用しませんでした。

「なるほど、気づいておらぬであったか……」

 宝利のゴツい手が、抄網媛の頭頂部をとらえてギリギリとめ上げます。

「うわ痛い痛い痛い痛いよ宝利!」

 重機のような手につかまれてプラ~ンとぶら下がりました。

「宝利ぃ~~~~っ!」

 抄網媛の魔手から解放された八尋が、宝利の腰に抱きつきます。

「むっ……ぬおっ⁉」

 浴衣ゆかたがはだけているのを見て硬直する宝利。

「ごぉほんっ! むうっ……八尋は他の蕃神ばんしん様とは少々性質が異なるらしい。おのれの神力が吸われておるのに気づかぬとは、姉上も落ちたものよ」

 ムラムラを筋肉と根性で無理矢理(おさ)えて会話を進めます。

 抱きつかれていなかったら、八尋の痴態ちたい激昂げっこうし、抄網媛の頭を林檎りんごのようににぎつぶしていたかもしれません。

「ええっ⁉ だったら宝利も神力使えないはずじゃん!」

 抄網媛はくびが外れないよう、必死になって宝利の腕にしがみついています。

「うむ、まるで使えぬ訳でもないが……いまはもちいておらぬぞ?」

「こいつばけもんだー!」

 壁にはまっていた石のブロックは、こぶし一つとわずかな神力でぶち抜いたものです。

 次に開けた大穴は、八尋から離れていたので神力で簡単に壊せましたが、そこから先は宝利自身の筋力しか使っていません。

 当然ながら、いま抄網媛をつかみ上げている左手にも。

「姉上は長身の割に軽いな。もっときたえよ」

「妾は女だよ!」

 これでも淑女にしてはかなりの力持ちです。

 外見も筋肉モリモリだったなら、八尋のハートをガッチリ鷲掴わしづかみにできたかもしれません。

「都合のよい時だけ女性にょしょうになるでない。さて、この破廉恥極はれんちきわまれぬ姉をどうしたものか……」

 その時、宝利の腰に抱きついていた八尋が叫びました。

「宝利、せて!」

「なぬっ⁉」

 黒衣の皇子おうじは暴れる抄網媛を放り出し、床に転がりました。

 もちろん身をていして八尋をかばいます。

 バガアアアアァァァァンッ‼

 長元坊ちょうげんぼうの主砲を上回る轟音と共に、笹浦ささうら城がひっくり返りそうなほどの衝撃が。

「今度はなんだい⁉」

 煙の中で転がっていた抄網媛が顔を上げると、天井の代わりに朝焼け空が見えました。

「屋根が……」

 ありません。

「ヒラさん!」

 朝焼け空を巨大なヒラシュモクザメが旋回していました。

 どうやら尾ビレの一撃で、本丸の屋根をぎ払ったようです。

悪樓あくる…………?」

 つぶやく抄網媛。

「あれは生成なまなりだ」

 宝利が抄網媛の疑問に答えました。

「百五十メートルはあるであろうな。体重はおそらく一万トンといったところか」

関安宅へびいふりげえとなみじゃないか!」

 関安宅には装甲帯巡洋艦に相当する【べるてっどふりげえと】や防護巡洋艦に相当する【ぷろてくてっどふりげえと】などが存在しますが、弥祖やそではそれら大型の関船ふりげえとを総称して【へびいふりげえと】と呼ばれています。

「いまのままでもじゅうぶん笹浦の街を壊滅させられるであろうが、八尋になにかあれば、あの和邇わには本物の悪樓になり果てるぞ」

 完全な悪樓になると飛べなくなりますが、同時に笹浦の街をスッポリ包む巨大な魔海が発生するでしょう。

「さすれば、おそらく全長五百メートル以上、体重は四十万トンを超えるであろうな」

 世界最大級の石油タンカーにも匹敵する大質量です。

「もはや誰の手にも負えぬ……いや、いまでもじゅうぶん手に余るが」

釣王ちょうおうはあんなのどうやって捕まえたんだよ……空飛んでるし」

「生成りとは、ああいうものらしい。さて姉上、たとえ吾輩を倒したとて、相手が白和邇しろわにに変わるだけであるぞ? あの和邇は八尋を大層可愛がっておるからな」

「そんな悪樓がいるのかい? 蕃神とはいえ、人と魚がしたしむなんて……」

「そうでもないぞ? サメは案外()づけが容易だ。吾輩も南海で鯖鱶さばぶかたわむれた事がある」

 鯖鱶はイタチザメの別名で、三メートルから五メートル以上にもなる獰猛どうもうな軟骨魚類です。

「はは……とんでもない連中に喧嘩けんか売っちゃったなあ……」

 抄網媛は立ち上がれませんでした。

 腰が抜けていたのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ