第四章・ベッドの上でお勉強しよう(意味深)・その十二
「使用人がおらぬな。予め避難させておったか」
建物の構造に詳しい人を探していた宝利命ですが、いまこの城には醒州軍の兵隊さんしかいないようです。
「ならば兵に尋ねるのみ……ぬっ?」
廊下のつきあたりにあった階段を上ると、他では見られなかった豪奢な扉を見つけました。
「ここか?」
お金のかかっていそうな扉ですが蹴破ります。
「なんだこれは⁉」
そこには寝台の上で全身を縛られて、猿轡を噛まされフガフガもがく支夏命の姿がありました。
宝利は支夏に近づくと、猿轡を力づくで引きちぎろうとして、それでは頸がもげると思い直し、丁寧に解きます。
「……ぷはっ! 助かったよ宝……あいたっ!」
とりあえず頭を軽く小突いてみました。
「八尋は……いや、兄上なぜそのような姿に?」
「姉上だよ。なのりそ庵で突然殴られて、気を失っている間にこの様さ」
そしていま突然殴られたところです。
「むう……まあよい、いまは火急の用がある。続きは道中で聞くとしよう」
宝利はグルグル巻きの支夏を雑嚢のようにヒョイと担ぎ上げ、のしのしと歩き始めました。
「乱暴だなあ。なにがあったんだい?」
「八尋が……蕃神様が攫われた」
「……なんだって⁉」
「下手人は抄網姉であったか。兄上はなにを知っておる?」
「うん、まあいろいろとね」
支夏命は、わかる限りのすべてを話してくれました。
抄網媛は支夏を騙って軍の車両を開発したり、街で女の子をナンパしては連れ込み宿でお泊りしたりと、やりたい放題です。
「まさか兄上……姉上の衣装まで着せられておったのではあるまいな?」
「軟派の振りはやらされたけど、さすがに女装はしてないよ。そんなに肝っ玉の太い方じゃないんだ」
「ならばよい……いや、よくはないか。兄上も共犯であるからな」
「口裏を合わせていたのは謝るよ。姉上の折檻が怖かったんだ」
「そうか、ならば許す。玉網姉がどう思うかは存ぜぬがな」
「助かるよ」
支夏命は玉網媛の恐ろしさを知りません。
「いや、昼間の召喚儀式で、二人が入れ替わっておったのではないかと案じただけだ」
召喚直後の祭儀室は、裸の女の子でいっぱいになります。
「姉上は召喚術を嫌がったりはしないよ。死んでも参加するに決まってる」
「先ほどから気になっておったのだが……抄網姉はあれだ、うむ……ひょっとして女性が好みであるのか?」
「うん。稚児趣味もあるけどね」
要するにショタコンです。
「それは拙い! 急がねば!」
「ちょっとちょっと走らないでよ揺れる揺れる!」
「八尋は常世では男子であった! 女好きの稚児趣味変態女が食指をそそられぬ道理がない!」
「なるほどそれは大変だ……あっ、そこを曲がって突き当たりの階段で上がれるよ」
「承知!」
宝利はぐんぐん速度を上げました。
「でもおかしいな。姉上はどうしようもない女好きの変態で人格破綻者だけど、根は醒州や弥祖の未来を誰よりも考えている理知的な人だよ。それに女の子を誑かしはしても、拐かしなんて強引な真似はありえない」
「だが実際にやってしもうたではないか」
「あの小さい子が狂わせたんじゃないかな?」
「八尋か? 確かに尋常ならざるところはあるが……」
宝利にもいくつか心当たりがありました。
そうでなければ激昂して、支夏を壁に叩きつけていたところです。
「あの子、普通じゃないね。他の蕃神様とは神気がちょっと違うんだ」
「吾輩には見えなんだぞ?」
「蕃神様の神気は無色透明だからね」
支夏は玉網媛ほどではありませんが、神気の探知に優れた能力を持っています。
「おそらく、あの子は人を惑わす神気を放ってる。玉網姉はなんていってた?」
「なにも申してはおらぬ」
「そうか……僕だって、こんなことにならなければ、ちょっと違うくらいにしか思わなかっただろうし、気づかなくても無理ないか」
「いま思えば、八尋に対する他の蕃神様方の様子もおかしかった」
「具体的には?」
「うむ……やたらと抱きしめられたり、体を弄られたりしておった」
「魅了の神気かな? 釣王がそうだったと古文書にあばっ!」
階段を上ろうと急カーブした宝利が、誤って支夏の頭を壁にぶつけてしまい、貧弱皇子はあっさり気を失ってしまいました。
「おおっ、すまぬ兄上!」




