第四章・ベッドの上でお勉強しよう(意味深)・その八
宝利命のいるヒラシュモクザメの背から、笹浦城が見えてきました。
同時に城の周囲に配置された州陸軍の高射砲が火を噴きます。
州兵さんたちによる巧みな調整を受けた砲弾の時限信管で、サメの周囲に次々と爆発が起こりました。
「醒州軍もなかなか練度が高いな。だが……」
本気を出したヒラシュモクザメの運動性は小早の比ではなく、陸軍の高射砲でどうにかなるような、やわな楯鱗でもありません。
「これしきの砲撃で吾輩たちを止められるか!」
小早の放った七・六センチ砲弾を拳と神力で弾く宝利。
「むっ……徹甲弾であったか」
すでに市街地へと進入しているので、州海軍は榴弾(炸薬の入った砲弾)の使用を制限したようです。
「これは好都合! 白和邇よ、あの屋根へ向かって飛べ!」
言葉は通じなくても思いは一緒。
サメは笹浦城の本丸に鼻先を向けました。
「あとは吾輩に任せよ。八尋は必ず助けようぞ」
宝利はサメの背から飛び降りようと身構えて……。
「ぬおぉうっ⁉」
突然、本丸の陰から小早が現れ、ヒラシュモクザメの進路を阻みました。
「むうっ、しまった!」
サメが小早を躱そうと急旋回し、宝利は振り落とされてしまいます。
「なんのこれしき!」
神気を吹かして進路を調整する宝利でしたが、本丸の最上部から狙いが逸れ、かなり下の方に流されてしまいました。
神力ジェットで上昇し直す手もありましたが、宝利は逆に斜め下方へと加速します。
「どっせええええぇぇぇぇいっ!」
城壁をぶち抜き床板を何枚も踏み抜いて、最下層にまで貫通してクレーターを作ったところで、ようやく止まりました。
とんでもない硬着陸でしたが宝利は無傷。
皇族の持つ強大な神力で障壁を張っているのです。
「ふむ……ここは倉庫か? えらく離れた場所に降りてしもうたな」
新築のせいか、部屋にはあまり荷物が詰まれていません。
庭に繋がっているらしい巨大な扉の隙間や、格子窓から入る僅かな月明かりで周囲を伺う宝利。
「なんだこれは自動車か?」
倉庫の隅に、小さくて可愛らしい乗用車がありました。
馬台に乗せられた未完成状態で、まだ発動機や車輪は搭載されていません。
「まあよい。いまは八尋の救出が最優先だ」
宝利は大扉の反対方向へと進みます。
「せいっ!」
小さい方の扉を蹴破って廊下に出ると、そこには醒州陸軍の兵隊さんたちが待ち構えていました。
その全員が宝利に小銃を向けています。
「ほ、宝利殿下……おとなしく武器を捨て……いえ投降してください……」
武器を捨てるもなにも、宝利は最初から徒手空拳です。
そして兵隊さんたちは明らかに怯えていました。
「八尋は……いや、支夏はどこだ?」
宝利の全身から漆黒のモヤモヤが湧き出します。
モヤモヤは漢臭でも蒸発した汗でもありません。
宝利が黒龍子の異名を持つ所以となった、大量の神気です。
「お願いです動かないでください! 本当に撃ちますよ⁉」
隊長さんらしき人物が宝利に警告しますが、説得力はまるでありません。
「支夏はどぉこぉだああああぁぁぁぁっ‼」
「ひいっ!」
ぱあぁんっ!
恐慌がピークに達した兵隊さんの一人が発砲しました。
「支夏はどこだ!」
速射砲の徹甲弾を片手で弾き城壁を素手でぶち破る化物に、たかだか口径七・七ミリの小銃弾が通用する訳がありません。
宝利はのしのしと前進を始めました。
「ひゃああああっ! 止まって! 止まってくれよおおおおぉぉぉぉっ!」
銃声をきっかけに他の兵隊さんたちも小銃を撃ちまくりますが、銃弾は全て宝利の神力に阻まれてしまいます。
それどころか周囲の壁や柱が、膨れ上がる神気に押されてメリメリと崩壊を始めました。
「支夏の部屋はどこだ!」
宝利が足を止めると銃撃も止みました。
兵隊さんの一人が震えながら上を指差します。
「階段は?」
別の兵隊さんが小銃を落として横を差しました。
「かたじけない。みなそこを動くなよ」
宝利が剛腕を振るうと、石積みの壁に大穴が開きます。
兵隊さんたちは追ってきませんでした。




