第四章・ベッドの上でお勉強しよう(意味深)・その七
「弥祖は建国以来、隣国との戦争はやった試しがないけど、内戦はちょくちょくあったかな」
「こっちも内戦の方が多かったよ。戦国時代とか維新戦争とか」
日本では国家間戦争が何度かありましたが、その多くは近代に入ってからで、どれも一年から数年で終結しています。
期間の定義にもよりますが、八年続いた日中戦争が最長記録ではないでしょうか。
「この国はいまでこそ平和だけど、弥祖八州の貴族たちの心はバラバラだ。歴代の女皇があちこちで貴族との子供を作って繋ぎ止めているけど、僕はそろそろ限界がくると思ってる」
最大の原因は、近代化に備えた政治体制の移行でした。
議会君主制になったせいで、政治や行政のシステムが大規模化と効率化を果たした半面、皇家の権力が損なわれているのです。
「内乱が起こりそうなの?」
「それはないと思うけど……」
隣国とは距離があるので、国家間戦争の心配もありません。
いまはまだ、広大な海を越えてドンパチできるほど工業力が発達していないのです。
「最近は国も州も軍拡が酷くてね。さっき回収した大量の宝珠は、醒州が半分もらう事になってるんだけど、州軍が独占しちゃって民間に出回らないんだ」
「みんな戦車やトラックになっちゃうんだ」
「うん。でも州軍がそんなに力を持っても意味ないと思うんだよね。まあ僕もかなり加担しちゃったんだけど」
「なにやったの?」
「自動貨車と豆戦車の設計」
「凄い! ……って、たんけってぃってなに?」
「すっごく小さい戦車」
「ふうん……」
軍事知識に疎い八尋には想像もつきません。
「でもね、僕は戦車や自動貨車より、大衆向けの乗用車が作りたいんだ」
「どんなの?」
「こんなの」
別の綴じ込みを捲ると、一枚の画稿が現れました。
「なにこれ可愛い!」
無理すれば二人乗れるかどうかの超小型サイズです。
カブトムシかテントウムシのような丸っこいボディーの、男女問わず愛されるデザイン。
かつてバブルカーと呼ばれ、日本でも人気があった大衆向け超小型乗用車です。
ページを捲ると、次は三輪の小型トラックが描かれていました。
その次も、さらにその次も、小さくて可愛い小型自動車ばかりです。
農耕用のトラクターもありました。
「僕はこの国を軍事大国ではなく自動車大国にしたいんだ」
抄網媛の息が荒くなってきました。
目玉のグルグルを必死に抑えているのでしょう。
「それでさっき自動車がどうのっていってたんだ」
どうにかして楽にしてあげたいところですが、八尋は会話を続ける以外の手段を持っていません。
玉網媛みたいに、首筋に手刀でドスッと一発決められれば簡単なのですが。
「弥祖は島国だし、隣国との距離が長いから戦車なんていらない。伝馬船でじゅうぶん代用できるはずだよ」
「えっと……この国もやっぱり海軍と陸軍って仲が悪いの?」
ここは話を少しでも引き延ばして、グルグルから気を逸らさないと。
八尋は抄網媛の授業のおかげで、自分の立場を理解し始めていました。
釣王が元は男性だったなら、自分も王様にされる可能性があります。
抄網媛はそれを恐れて八尋に弥祖の歴史を教えているのでしょうが、グルグルの方向性によっては、下手をすると抄網媛自身が八尋を利用しかねません。
より正確には、女同士なのに結婚しようとかいい出しかねません。
「醒州軍は違うと思うけど、国軍はかなり悪いね。予算の奪い合いと足の引っ張り合いばかりさ」
「昔の日本みたいだ……」
「僕は国軍と州軍、陸軍と海軍の統合をしたい。それで浮いた予算を大衆向け自動車の製造と発展に繋げたいんだ」
「まさか、ぼくを攫ったのって……しまった!」
「僕と結婚して女皇にならない?」
この話題だけは避けるべきだったのに、自ら誘導する大失態を犯してしまいました。
「釣王と同じ経緯を持つ八尋くんなら、きっと全ての国民に愛される女皇になれると思うんだ」
八尋は迷いました。
ここで抄網媛の正体を暴いて話を逸らしてもよいのですが、それは最後の手段に取っておきたいところです。
「ぼく王様なんてできないよ! 政治とかぜんぜんわかんないし!」
ちょっと考えてから、いまの方向性のまま話に乗ってみる事にしました。
「政は僕がやるからいいよ。八尋くんは玉座にいるだけでいいから」
「それは傀儡っていうんだよ!」
政治経済に繋げて、少しでも結婚から話を逸らさないと。
「民が幸せに暮らせるなら、方法はなんでもいいんだよ。だからまず僕たちが幸せにならないとね」
話が拙い方向に流れ始めました。
このままでは『既成事実を作っちゃおう』とかいわれて押し倒されそうです。
八尋は経験上、女同士だからなんて現実的な理屈が通用するとは考えていませんでした。
グルグルが始まると、クラスメイトたちは性別問わずなでくり回し、歩や風子に至っては、八尋が女の子になっても襲ってくるからです。
そこで八尋は、クーデター計画のツッコミどころを探る事にしました。
歴史や公民の授業で得た知識をフル動員して、話の粗を探します。
「伝馬船って、翡翠にもあった空飛ぶボートだよね?」
「そうだよ。最近は高性能化が進んで、爆撃艇や対爆撃艇も作られてる。仏法僧や翡翠は、それらを搭載するために建造されたんだ」
抄網媛のグルグルが、ちょっとだけ治まりました。
これはイケると判断し、八尋は話の深度を下げて行きます。
「その伝馬船を陸軍にも導入するつもりなの?」
「海軍と統合したらね。輸送用と戦闘用の両方作るよ」
「もっと進化したら、自動車なみに小型化できるんじゃない?」
八尋は翡翠で伝馬船を何艘か見ていますが、小さいものでも六~七メートルはありました。
しかし機械の進化というものは、いったん進化の方向性が小型化に流れ始めると、あっという間に半分以下まで縮むものです。
「なるほど、いずれそんなのも現れるかもしれないね」
「この国って乗用車があんまり普及してないんだよね?」
「馬車どころか大八車や人力車ばっかりだよ」
「陸軍が小型の伝馬船を大量に導入したら、そのうち一般にも広まると思う」
「えっ……? なるほど、それはありうるかも……」
「伝馬船を使える兵隊さんが増えたら、軍隊やめた人が自分で船を買ってトラックの代わりに使い始めるよ?」
八尋は軍事知識こそ皆無ですが、社会科学系の授業は得意分野です。
「そ、そうなのかい?」
「歴史の先生がいってたけど、軍隊って教育機関みたいな一面もあるから、機械の使い方を広める場になったりするんだって」
「……………………」
「いまのままなら自動車が普及すると思うけど、無理に軍隊を統合したら、この国は伝馬船大国になっちゃうよ?」
「しまったぁ~~~~~~~~っ!」
歴史の授業が初めて役に立った瞬間でした。
八尋は俄作りのクーデターを未然に防いだのです。




