第四章・ベッドの上でお勉強しよう(意味深)・その五
八尋は、なにかがおかしいと思いました。
薄々《うすうす》気づいてはいましたが、目の前にいる支夏命は支夏命ではありません。
男装した抄網媛です。
仏法僧やなのりそ庵で散々嘗め回されるように見つめられたので、さすがに鈍感な八尋でもわかりました。
髪を切ったばかりには見えないので、昼間は鬘を被っていたのかもしれません。
その演技は慣れたもので、普段から支夏命のフリをしているのが伺えます。
しかし、おかしいのはそれだけではありません。
視線をフラフラと彷徨わせています。
八尋はこの状態がなにを意味するのか、よく知っていました。
このまま悪化すると目玉がグルグル回転し、八尋を抱きしめたくて堪らなくなるのです。
『必死に耐えているんだ……』
八尋に催眠術をかけて攫ったのは抄網媛の狂気。
元の世界に帰れなくなった八尋に、身の振り方を考えるための知識を与えてくれるのは、抄網媛の理性。
抄網媛の中で、高い知性とナンパ癖が、火花を散らして鬩ぎ合っているのです。
『ひょっとしたら、誰かが止めてくれるのを願って……?』
こんな時はどうすればいいのでしょうか?
頑張って耐えろと応援すればいいのでしょうか?
こんな時、頑張れなんて言葉は逆効果でしかありません。
それに、やめろといわれてセクハラをやめた人は、いままで一人もいませんでした。
おそらく抄網媛はグルグルへの抵抗が無駄と覚り、薄らぐ理性の欠片で、せめてもの時間稼ぎを試みているのでしょう。
誰かが止めてくれるのを待っているのなら、八尋のやるべき事は、抄網媛の遅延工作に協力してダラダラと会話を引き延ばすのみ。
歴史の授業は嫌いではありませんし、今後を考えると決して損はありません。
『ヒラさんが動いたみたいだけど、大丈夫かなあ?』
いまはヒラシュモクザメとの共感が不完全で、八尋には生成りになった程度しか情報が伝わってきません。
また玉網媛の執務室を壊してはいないだろうかと心配です。




