第四章・ベッドの上でお勉強しよう(意味深)・その三
「本名は不明だけど、いまでは釣王と呼ばれている弥祖の初代女王だ」
「最初の王様は蕃神だったんだ……」
八百年前といえばエジプトで第五回十字軍が暴れ回っていた時代で、日本は鎌倉時代の中頃あたり。
「領主は機織り職人がご所望だったらしいんだけど……」
蕃神は女性しかいないので、武士や鍛冶師など、男性しかいない職種は召喚できません。
「呼び出された蕃神は漁師だった」
「海女さん?」
「いや漁師。元は男性だったらしいよ」
「それって、いまのぼくみたいに……」
「そう、釣王は常世に帰れなかった。でも見目麗しき釣王は領主に見染められ、求婚されたんだ」
「それで王様になったんだね」
「いや一蹴したよ。神力全開で足蹴にした」
「神力って……それ死んじゃうよ!」
一蹴りで何十メートルも飛べる蕃神の跳躍力です。
着地点を想定しないフルパワーなら、どこまで跳べるかわかりません。
その法外な脚力を、ただの人間に向けたら……。
「もちろん上半身が消し飛んで阿鼻叫喚の地獄絵図」
「ううっ、スプラッターはやだなあ……」
「しかも釣王の進撃は止まらず、あっという間に周囲の島々を纏め上げ、国を作ってしまったんだ」
「勢い余ってなんて事を!」
「釣王が逝去されるまで勢力の膨張が続いて、いまの弥祖皇国の半分以上を制覇していたようだね」
「でも釣王っていわれるくらいだし、釣りはしてたんだよね?」
戦争ばかりやっていたのでは、釣王なんて名前はつかないはず。
「そうだよ。でも、ただの釣りじゃない。悪樓釣りだ」
「まだ始まってないんじゃなかったっけ?」
「いま使われている神楽杖は釣王の発明だったのさ。糸枠(糸巻き)に宝珠をつけたのが始まりらしいよ」
綴じ込みを捲ると、レプリカの宝珠をつけた糸枠の白黒写真が現れました。
「最初は手釣りだったんだ……」
日本では少なくとも縄文時代には釣り竿が存在しましたが、漁業ではカッタクリなど手釣りが多く用いられています。
釣王の釣りが趣味ではなく、生業であり存在意義だった証拠でした。
「宝珠は装飾品として珍重されていたからね。領主を蹴飛ばさなければ手に入らなかったかもしれない」
「蹴らないとお嫁さんにされちゃうしね」
実は他人事ではないのですが、呑気な八尋は気づいていません。
「それともう一つ、竜宮船も作った」
「そっか、それで悪樓を釣って……」
「それもあるけど、主に兵器として使われたんだ。空飛ぶ竜宮船に勝てる兵士なんていないよ。槍も弓矢も届かないし、闇夜に紛れて本拠地に直接攻め込めるからね」
第二次大戦時のヨーロッパでは、輸送グライダーを使った強襲作戦が行われていましたが、それと同じような戦法です。
「兵士を大量輸送できる竜宮船は奇襲作戦にうってつけで、どんなに激しい潮流も険しい山野も問題にならない機動力がある。釣王は戦術に革命を齎したんだ」
「それで国を広げたんだね」
「弥祖は群島八州を統一してからつけられた名前だけど、当時の国名が不明だから、いまはとりあえず弥祖で通ってる」
「八州だから弥祖なの?」
「語源は八つの祖と書いて八祖。釣王に従った八人の家来が名前の由来。釣王の死後すぐに統一されて、八祖のうち七祖が州を統べる領主になったんだ。いまの貴族はその末裔」
「七祖? 残りの一人は?」
「釣王の夫だよ。これも名前がわからないんだけど、彼の次女が二代目女王で初代女皇になったんだ。竿王や漁皇の名で知られてる」
「結婚したんだ……男同士なのに子供まで」
風子や小夜理が聞いたら歓喜で卒倒しそうです。
「詳しくは古文書に記されていないけど、恋愛結婚らしいよ」
「凄いね」
「まあ色々あったんだろうね。釣王に修道(男色)の気があったとか旦那が美しかったとか所説あるけど、僕は後者が好きかな」
「綺麗な人だったから結婚した?」
「いや可愛かったんじゃないかな? 八尋くんみたいに」
「それ誉め言葉になってないよ」
ぐぅ~~~~~~~~っ…………。
「そら、お腹の虫も可愛らしく鳴いてる。ちょっと休憩しようか」
櫃に置いてあった大きな金属盆の蓋を開けると、おいしそうなスコーンが出てきました。
把手のついた小瓶もあります。
「葡萄酒は……まだ早いか。水しかないけど、いいかな?」
「う、うん……いただきます」
小瓶の蓋を開けて中身をスコーンに注ぐと、メープルシロップのいい匂いがしました。
「弥祖って和風な国だと思ってたけど、洋風なのもあるんだね」
「和風……なのりそ庵の事かい? あれは伯母上と玉網姉の趣味だよ」
デキャンタから汲まれた水のグラスをもらいます。
「和風って蕃神様から齎された言葉だから知ってはいるけど、和ってどんな由来なの?」
「ぼくの国、日本の別名だよ。みんな仲よくって意味」
「そうか……君の国は平和なんだね」
「うん、昔は戦争とかあったみたいだけど、いまは平穏だよ。あっ、いただきます」
八尋は水を一口飲んで、スコーンにかぶりつきました。
「これおいしい」




