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つりみこ2 ~八尋・誘拐~  作者: 島風あさみ
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序章・その三

『みんなインカムはちゃんと機能してるか?』

『よく聞こえるよ~』

『感度良好です』

 釣り研部員たちや宝利命ほうりのみこととの連絡網は、神力を動力源にした小型通信機でつながっています。

 通信機は過去の蕃神ばんしんたちの提案で小型化されていますが、今回はさらに小さくなっていました。

 その代わり本体は腰のベルトについています。

 小魚の宝珠が入っているので重くなっていますが、通話距離は倍の四キロ。

 通話切り替えといったダイヤル調整など、使い勝手がよくなっています。

「こっちも聞こえるよ。あっ……この船、手すりがあるんだね」

 仏法僧の船べりには、金属製の支柱にくさり甲板手摺でっきれえるが張られています。

支柱の根本、甲板のふちがちょっとだけ高くなっていて、フラットな翡翠の飛行甲板よりもはるかに安心感がありました。

『そいつはヤワだから悪樓あくる釣りにゃ使うな。縁も装甲板ごとがれるかもしれねぇから、魚がかかってねぇ時しか使えねぇ』

「そっか、悪樓は何十トンもあるんだっけ」

 八尋やひろたちなら簡単に釣り上げられる小物の悪樓でも、艦や機材にかかる負担は膨大ぼうだい

 普通の魚と比べると、悪樓は百倍のスケールを持っているので、重量換算なら百の三乗で百万倍になるのです。

 具体的にはマハゼの悪樓なら十~二十トン、小物のヒラメ悪樓で百トン以上。

 軽くても大型トラックや蒸気機関車級の質量があるのです。

『いざとなったら神力で足を甲板に貼りつければいいんだよ~』

「でも甲板に悪樓を落としたら……」

 八尋は前回の悪樓釣りで、艦の揺れや振動だけでなく、飛び散った木材の破片や金具で怖い思いをしています。

『仏法僧の飛行甲板は装甲板がむき出しだ。多少はへこむやもしれぬが、壊れる心配はない』

 露天艦橋ふらいんぐぶりっぢ宝利ほうりがフォローを入れました。

『本艦は実戦を想定せぬ実験艦で、邪魔な高角砲もない。遠慮なく悪樓を放り込んでくれ』

 実験艦は翡翠も同じですが、仏法僧は飛行甲板のスペースを確保するために、主砲と副砲以外の武装が省略されています。

「わかった」

『ただし翡翠と違ってせめぇから気をつけろ。勢い余って反対側の魔海に落とすんじゃねぇぞ』

「気をつけるよ」

 あゆむの忠告に傾注けいちゅうする八尋。

「それで、このエビの宝珠だけど、どうやって使うの? 海底でくねらせればいいの?」

『まっすぐ落とせ。それだけでいい』

「…………??」

『落とし込みってぇ釣法ちょうほうだ。本来はハリに冷凍オキアミつけて、ガンだまっていう小せぇオモリで、足元にゆっくり落として魚を誘うんだ』

「そっか、オキアミは活餌いきえじゃないから動かさなくてもいいんだ」

『そーゆーこった。じゃあ始めるぞ!』

「足元っていっても、この船、横がふくらんでるんだよね」

 翡翠の時は左右に張り出した飛行甲板のせいで見えなかったのですが、仏法僧級関安宅の艦体側面はタンブルホーム型と呼ばれる、でっぷりとしたたるのような形状をしています。

 甲板から見下ろすと斜面になっていて、足元に落とす釣りには向いていません。

「投げればいいのかな?」

 八尋がアジュールブルーにられた新品の神楽杖を軽く振ると、宝珠から一メートルほどのサルエビが現れて、魔海へと放物線を描いて落ちて行きました。

 意識をエビに向けると、視界いっぱいに魔海内部の風景が……広がりません。

「これ、なんにも見えないよ!」

『エビは複眼だから、俺たち人間の脳じゃ解析できねぇんだ。周囲の状況はエビの感情から察するしかねぇな』

 八尋たち蕃神は、釣り竿型の神楽杖や見えない糸を通して、宝珠から出た生きものと感覚や感情を共有できるのですが、人間が持っていない機能は脳内での再生ができず、中途半端に再現されたり、意識に全く浮かび上がらなかったりするのです。

「そんなあ……」

 前回の魔海に沈んだ市街地とは違う、磯周りの岩礁がんしょうを見たかったのにと消沈する八尋。

『見えねぇのは普通の釣りと一緒だ。海底の様子は糸と仕掛けで探って覚えろ』

「探るのはいいけど、やっぱり魚の目で直接見たかったよ」

 実際は間接的な目視ですが、主観では自分で見るのと一緒です。

『悪樓が減ったらな。海底の地形によっては八尋のサメが使えるかもしれねぇ』

 ヒラシュモクザメのロレンチーニびんを使えば、電位差で悪樓の位置が正確にわかります。

「そうだね」

 その時、八尋のサルエビが突然(おび)え出しました。

 エビは恐怖で逃げ回り、そしてなにかに包まれた感触が神楽杖を通して伝わります。

 おそらく悪樓に丸呑まるのみされたのでしょう。

「わわっ、今度はなに⁉」

『八尋、ハリを出せ!』

 慌ててサルエビに指示を送ると、お腹から後ろ向きにはりが出ました。

 ガッ、ドガガガガガガガガッ!

「わわわわっ! すごい引き!」

 鈎がかりして大暴れする正体不明の悪樓。

 しかもキュウセンやハゼ科の魚とは引きの性質が異なり、パワーも段違い。

『たぶんグレ(メジナ)みてぇなベラ亜目の魚だな。やったじゃねぇか』

「凄い凄い凄い! これきっと大物だよ!」

『いや、その手の魚は引きがつえぇ。せいぜい二十五メートルってとこだな』

「ぼくにはじゅうぶん大物だよ!」

 前回のヒラメ悪樓は三十メートルもありましたが、あの時はヒラシュモクザメを使った特殊な取り込み方をしたので、正確には釣り上げたとはいえません。

 百倍スケールなので、二十五メートルの悪樓は、実際の魚に換算すると二十五センチ。

 八尋にとって二十センチのキュウセンよりも大きな魚を釣るのは、これが初めてなのです。

『それくれぇならゴボウ抜きでイケるだろ。寄せたら一気に引き上げろ!』

「ええっ⁉ 玉網たまみさんの出番じゃないの⁉」

『その程度で祝詞のりとがいるか! 男なら他人に頼らず自力で釣ってみせろ!』

「いまは女の子だよ……でも、やってみる!」

 謎の魚と男の勝負する決意を固めた八尋。

 腰を落とし足の裏を神力で貼りつかせ、神楽杖のハンドルを必死に回して悪樓を引き寄せます。

「見えた!」

 魔海の光る海面に、魚の口吻こうふんが現れました。

『いまだ八尋! ぶっこ抜け!』

「ふおっひゃああああああああっ!」

 気の抜けた声で神楽杖を振り、悪樓を一息で引き上げる八尋。

 ざばあん! と盛大な飛沫しぶきを上げて、光る海面から巨大な魚が飛び出します。

「うわあっ……!」

 それは少し黒ずんだ、タイのような平たい魚形の悪樓でした。

『ババタレだぁっ‼』

 歩が叫びました。

 ババタレとはイスズミの通称です。

『逃げろ八尋! そいつは……』

 八尋の頭上で、ババタレの肛門から膨大なふんき散らされました。

「う……うわひゃあーーーーっ‼」

 スズキ目イスズミ科イスズミ。

 別名ウンコタレ。

 八尋が引き当てた魚は、釣り上げると猛烈もうれつに臭い排泄物を噴出する、釣り人の嫌われ者でした。

 ちなみに要領のいい風子ふっこは、とっくに甲板から逃げ出しています。

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