第三章・ピローファイト・その一
「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」
魔海対策局本部棟【なのりそ庵】にて。
トウゴロウイワシ悪樓の大群を全て宝珠に変え、魔海を消し去った釣り研究部と船釣り部の八人は、関安宅【仏法僧】で本部のある漁村の浮桟橋へと帰港し、蕃神専用食堂【時合之間】で祝杯を挙げていました。
現場が遠かったので帰投に数時間を要しましたが、おかげで触手責めに遭った四人はすっかり快復しています。
台盤(饗宴用の大きな食卓)には船盛のお刺身や焼き魚、煮魚やスズキの空揚げなど、ご馳走が盛沢山。
高校生なのでお酒はNG、お茶やポン水を注いだ湯飲みでの乾杯です。
全員、巫女服から浴衣に着替えていますが、歩は魚の骨をモチーフに白く染め抜いたモスグリーンのバンダナだけは手放しません。
「尊い犠牲のおかげで楽に終わったねー」
船釣り部員の一人、鍔黒作江が、ミズダコ組とコバンザメ組の四人を労いました。
「危うく永遠に釣りやらされるとこだったよー」
「異世界ってのは……真っ赤な嘘で……実は地獄に落ちたのかと……思った……」
北川亜子も作江の意見に賛同します。
「もうちょっと……マシな作戦は……なかったのかな……?」
「はいはい、どーせ私は石頭よ! 融通の利かない無能なリーダーですよ!」
船釣り部の副部長、綱島莞子は己の不甲斐なさに不貞腐れていました。
「いや、初めての悪樓釣りにしちゃ、よくやった方だろ。でもなぁ……」
釣り研究部の部長である日暮坂歩フォレーレが、フォローを入れようとして思い直します。
「慌てず急がず莞子なんかに聞く耳持たず、他の方法を考えるべきだったと激しく後悔してるぜ」
「同感です」
「酷い目に遭ったよ~」
小夜理と風子が歩の意見に同調しました。
「もう二度と莞子の提案は聞きたくないじゃん」
江下千歌も加わります。
「今日ほど相楽部長が女子だったらと思った事はないじゃん」
「変な顔……見せられたし……」
「こっちは千歌だけで済んだのが不幸中の幸いだったねー」
作江まで参戦して、莞子は孤立無援になりました。
「でも初めての悪樓釣りで、あんな作戦考えられるって、凄いと思うよ?」
あまりにも不憫なので、八尋が弁護側に回りますが……。
「釣り研部員に同情されたくない!」
返ってプライドを傷つけてしまったようです。
「ああっ莞子酷いじゃん!」
「恩知らず……だね……」
「八尋きゅん可愛そうー!」
孤立無援が四面楚歌になりました。
「うっ……それより歩の作戦も気に入らない!」
莞子は不利を覚って無理矢理話題を逸らします。
「イワシ対策を知ってるなら、どうして最初からやらなかったのよ⁉ どーせ高みの見物しながら笑ってたんでしょ⁉」
「いや笑ってたのは本当だけど、神楽杖に慣れるまで待ってたのもあるんだぜ? 追い込み漁だって、その場の思いつきだったしなぁ」
「釣りをやれといわれて釣り以外の方法を考えるのは、歩みたいな無頼漢だけです」
小夜理のフォローはフォローになっていません。
「奇想天外にもほどがあるわ! あんなの釣りじゃない!」
「莞子のだって釣りじゃないじゃん。莞子も無頼漢じゃん」
千歌はまだ根に持っているようです。
「それにトウゴロ釣りは飽きたっていってなかったっけ?」
歩が笑いながら茶化しました。
「私はいってないわよ! 一日中どころか一生続けたって飽きないわ!」
「ええーっ、一生はやだなあー」
「何事にも……限度ってもんが……あるんだよ……」
作江と亜子が副部長を窘めます。
「いやいや、一生釣りしてた方がマシじゃん?」
「触腕地獄に比べたら幸せな生涯を送れそうです」
おかしな理由で千歌と小夜理が莞子の味方につきました。
「おかげでしばらくタコ食べられそうにないじゃん」
「見るのも嫌ですね」
船盛りにはマダコのお刺身も混ざっています。
「……あとで思ったんだけど、十メートル前後の悪樓を二十メートル級のタコで捕まえるなら、二杯も必要なかったんじゃない?」
八尋は気づいてはいけない事に気づいてしまいました。
一杯が絡めば、それでじゅうぶん捕獲できたはず。
「えっ⁉ そ……そういえばそうじゃん!」
いわれて初めて気がつく千歌でした。
「それにコバンザメだって、タコが絡んだところで宝珠に戻しちゃえばよかったと思う」
「あっ……!」
「しまった……」
小夜理と歩も青くなりました。
触手の快感ゲフンゲフン気持ち悪さで、冷静さを失っていたようです。
「わ、私の作戦そのものは間違ってなかったって事よね⁉ ただ運用に手違いがあっただけで!」
莞子の自己弁護は事故正当化にしか聞こえません。
「わたし知ってたよ~」
面白がって意図的かつ積極的に絡んでいた風子は、最初から気づいていました。
もちろんわざとやったのです。
「えっ?」「なにいっ⁉」「な、なんだってぇ~~~~っ⁉」
まさに外道!
「ふにゃはははははははは~♡」
このあと滅茶苦茶説教しました。




