断章・その二
『やっと終わった!』
『長い道のりだったねー』
『男子がいなくて本当によかったわ』
ヌチョヌチョ地獄に関わらずに済んだ莞子と作江は、甲板でくたばっている千歌を見ながらホッとしていました。
『まさか……友人たちの痴態を……間近で見物する羽目に……なるとは……』
ソデイカで参戦していた亜子は、幸か不幸か触腕の短さからうまく悪樓に取りつけず、最後まで触腕プレイを体験せずに済みました。
「やっと終わった……」
目の前には惨憺たる光景が広がっています。
さすがの八尋も、まさか釣り仲間一同のアヘ顔を間近で拝む日がくるとは思いませんでした。
二次絵ならともかく、現実で見るとエロさを微塵も感じません。
ただひたすら絵面が酷いばかりの福笑い展覧会です。
「でも、いまので最後の悪樓だし、ちょっと休めばみんな元通りだよね?」
おかしなな趣味に目覚めていなければの話ですが。
「タコ足には勝った~。でも~、本当は勝ちたくなんかなかったんだよ~」
目覚めてしまった女子高生が一人いました。
これが一つ屋根の下で暮らす双子の姉だなんて、考えたくもありません。
「あっ!」
黄緑色に光る魔海に変化が現れました。
表面がビシッと罅割れて、しばらく明滅したかと思うと、ガラスのようにパリーンと粉々に砕け散ります。
「うわあ……っ!」
キラキラと光り落ちる魔海の断片は、フィナーレを飾るラメ入り紙吹雪。
八尋が初めて見る魔海の終焉でした。
「……ところでこれ、どうしよう?」
甲板は死屍累々《ししるいるい》です。
「水兵や巫女に運ばせる訳には参りませんね」
皇族以外の人間が蕃神に触れるのは御法度です。
「こんなの宝利に見せられないよ……」
みっともないにもほどがあります。
さすがの宝利も、うら若き乙女たちの醜態に目を逸らし、支夏命と一緒に艦内へと逃げ込んでしまいました。
いまこの場にいる男子は八尋だけですが、この世界にいる限りは女の子です。
前甲板に倒れている女子釣り研部員は三名。
蕃神に近づく資格を持つ女性も三名。
それぞれ身長差があるので、誰が誰を運ぶのかは、自ずと決まってきます。
「妾たちで運びましょう」
抄網媛が歩を抱え上げようと触れた瞬間……。
「うわっひゃあっ⁉」
ヌチョヌチョ地獄帰りの歩は、長時間かつ過剰な刺激で、あちこち敏感になっていました。
「暴れないでくださいませ」
「いやそんな事いったってっひゃ変なとこ触らねぇでくれっひゃあ⁉」
じたばたじたばたじたばたじたばた。
クネクネ踊りでぐったりしていたはずなのに、まだ暴れる力を残しているようでした。
「仕方ないなあ……それっ!」
抄網媛は歩を俯せに担ぐと、背筋に指をツツ~ッと這わせます。
「うひゃ~~~~~~~~っ⁉」
ビクビクビクビクッ‼
強烈な一撃に、歩はたちまち目を回してしまいました。
「蕃神様になんて事を……⁉」
「こうでもしないと運べませんよ。姉上は小夜理様をお願いします」
「そんな怪しげな技の持ち合わせはございません!」
「ううっ、ぼくが姉ちゃんを運ぶのか……怖いなあ」
「お前がママカリになるんだよ~」
風子は意味不明な寝言を呟きながら両手をワキワキと蠢かせ、下手に近づくと(八尋に)なにをしでかすかわからない危険な状態です。
「では妾にお任せを」
左肩に歩を担いだ抄網媛が風子の背筋をツツ~ッ。
「くっころ~⁉」
たちまちおとなしくなりました。
抄網媛は風子の巫女服を掴んで、空いている右肩に担ぎます。
「うわあ、すっごい力持ち……」
「神力を用いるまでもありませんね。姉上、どちらに行けばよろしいでしょうか?」
「でも医務室って、確かベッドが二つしかなかったよね?」
「釣床を用意させましょう」
玉網媛が合図を送り、巫女さんたちが艦内へと走ります。
「問題は小夜理様ですね」
肩を貸そうとすると、やはり暴れました。
「あひゃうひゃへはふぅひゃあっ⁉」
「致し方ありません……お許しを」
ドスッ。
玉網媛が首筋に手刀をかまします。
「はうっ⁉」
小夜理は昔の時代劇みたいな当て身を喰らって気を失いました。
「あわあわあわあわあわあわあわあわ……」
「では参りましょう」
気絶した小夜理を担いでニッコリ笑う玉網媛。
皇族たちは気が短いのです。




