第二章・浦入物・その十
「どうだ八尋、見つかりそうか?」
「見つかりそうもなにも全部見つけてる」
ヒラシュモクザメのロレンチーニ瓶は走査範囲を魔海いっぱいまで広げ、残ったすべてのトウゴロウイワシ悪樓を発見していました。
「この魔海、海底がないから隠れる場所なんてないしね」
数百尾はいた悪樓の群れは、釣り研究部と船釣り部の共同戦線による追い込み漁で壊滅。
いまは残りを釣り上げるだけの殲滅戦に移行しています。
数が少なくなったので、魔海の規模もかなり小さくなりました。
しかし群れを失った小魚たちはすっかり怯えてしまい、おいしそうな餌で誘っても、まるで反応してくれません。
これでは漁どころか釣りもできないので、とりあえず八尋のサメ以外はすべて宝珠に回収し、残った悪樓の位置を確認する事になったのです。
「あっちに一尾、そっちに二尾、向こうに二尾泳ぎ回ってる」
「こりゃ釣るのが難しそうだ……」
釣れない時はすっぱり諦めて、移動するか帰るのが歩の流儀ですが、ここで釣行を打ち切っては魔海を消せません。
「いや無理して最期まで釣る必要はねぇんだけど……」
「すでにじゅうぶんな漁獲高がありますし、さすがの玉網さんも許してくれると思いますよ?」
小夜理は撤退を進言しました。
「でも中途半端は嫌だなぁ」
釣り座に未練を残すのは、歩の矜持に反します。
『誰かタコかイカ持ってない? できるだけ大きいやつ』
その時、莞子から通信が入りました。
「わたしミズダコ持ってる~!」
『やだ私もじゃん!』
『誰だよ……私のポーチに……ソデイカ入れたやつ……』
風子、千歌、亜子から返答がありました。
『じゃあ出して。作江はさっき使った大型をお願い』
「なにするつもりなんだろ……」
「俺はわかったけど、こりゃ釣りじゃねえな」
『私たちは漁師に転職したんでしょ? だったらやる事は一つよ』
莞子は追い込み漁にも使った二十メートルのキメジ(キハダマグロ)を投げ込んで、トウゴロウイワシの一尾に向かって走らせました。
『ほらみんなも投入して! さっさと終わらせるわよ!』
『あんまり気が向かないじゃん』
『生きてる……軟体動物は……苦手……』
「やっは~! いっくよ~!」
即席頭足類分隊が神楽杖を振ると、二十メートル級のミズダコが二杯と、十五メートル級のソデイカが現れました。
作江も十五メートル弱のトウヤク(シイラ)を投げて後を追います。
「わわっ、一斉に飛び込まないでよ!」
魚介類の反応が一気に増えて、八尋は混乱しました。
ただしヒラシュモクザメは混乱していません。
魚種をおおむね絞り込み、味方として識別しています。
「あれ? 歩さんたち、なに使ってるの?」
八尋の知らない魚が二尾混ざっていました。
「へっへー、内緒だぁ」
サイズは四メートル強。
悪樓を追い立てるには、ちょっとサイズが足りません。
「コバンザメです」
小夜理にあっさりバラされてしまいました。
「ネタバレやめいっ!」
コバンザメは名前に反し、サメとはまるで無関係な硬骨魚類です。
頭部に大きな小判型の吸盤を持ち、大型のサメやクジラに貼りついて、お零れや寄生虫を食べて生活する変わった魚。
『そうきたか……まあいいわ。始めるわよ!』
「待って待って、ぼくも行く!」
八尋はシュモクザメをのったりと走らせますが、現場に到着した頃には、すでに漁が始まっていました。
『そっち行ったわ! 捕まえて!』
莞子のキメジと作江のトウヤクに追い立てられた悪樓が、頭足類チームに向かって一直線に泳いで行きます。
風子のこうげき!
「よっしゃ~、あれえ~?」
悪樓はひらりとみをかわした!
亜子のこうげき!
『任せて……外れだ……』
悪樓はひらりとみをかわした!
千歌の……。
『ええい、ちょこまかとー!』
悪樓はひらりとみをかわした!
「任せろ!」
歩のコバンザメは悪樓にぴたりとはりついた!
「お次!」
小夜理のコバンザメも悪樓に貼りつきます。
二尾のおまけをぶら下げて、イワシ悪樓のスピードがガクンと落ちました。
「いまです!」
「やっは~!」
風子のミズダコが悪樓に取りつきます。
雌なのか吸盤が綺麗に並んでいる触腕をコバンザメごと絡めて放しません。
『私も!』
千歌のミズダコも飛びつきました。
こちらは吸盤がバラバラについているんで、どうやら雄のようです。
トウゴロウイワシ悪樓に二尾のコバンザメと二杯のミズダコが貼りついて、たちまち大きなお団子になりました。
『どうだ! これが船釣り部式摑み取り漁法よ!』
自慢げに、ない胸を張る莞子でしたが……。
「わっひゃあ~っ! ウネウネして気持ちいい~!」
『ちょっとこれなんか変な趣味に目覚めそうじゃん!』
二杯のタコが触腕を絡み合わせ、神楽杖を通してリアルな感触を伝えました。
「うわなんだこりゃ気持ち悪っひゃひゃわっひゃやめろってわわわっ!」
「きゃあうひほへふひゃへほはにぃ⁉」
一緒に絡みつかれたコバンザメとの共感で、歩と小夜理まで全身をくすぐられる感覚に襲われました。
「うわあっ……」
姉の風子はともかく、女子高生二人がクネクネと悶える姿は、いまは女の子でも中身は男児高校生の八尋には刺激が強すぎます。
「あひゃっほへふひゃっひゃああんっ!」
「ちょっとやめてきゃうんっあふぁつ⁉」
「あわわわわわ……」
目を覆いたくなる絶景でした。
「絶対タコ足なんかに勝てたりしない~っ(キリッ)‼」
風子はちょっとでいいから抵抗して欲しいです。
「これどうしたらいいんだろ……?」
突如降って湧いた触手イベントに、八尋はただおろおろするばかり。
「八尋様、サメで悪樓を掬い上げてくださいませ」
後ろから声をかけられました。
「玉網さん!」
抄網媛と巫女さんたちも一緒です。
「海面より上は、わたくしどもの領分にございます」
「わかった! ヒラさんお願い!」
ヒラシュモクザメがトウゴロウイワシ悪樓とコバンザメをミズダコの団子に追いついて、真下から掬うように持ち上げました。
幸いサメのザラザラした楯鱗のおかげで、タコのヌメヌメ感が伝わってきません。
「では抄網、お願いします」
「畏まりました」
抄網媛は真下に召喚室がある第一砲塔跡の装甲板に立ち、神楽鈴と舞扇を構えました。
後ろでは巫女さんたちが三線(三味線)や神楽笛を持っています。
ヤーレンソーランソーラン ヤレン ソーラン
ハイ ハイ
抄網媛の祝詞は、玉網媛の斎太郎節とは違う曲目でした。
北海道民謡のソーラン節です。
鰊きたかと鷗に問えば
私ゃ立つ鳥 波に聞けチョイ ヤーサ
悪樓団子が海面から引き上げられて宙に浮き上がります。
「凄い……」
エーエンヤーサー サーノー ドッコイショ
「あひゃひゃ……みんな離れ……巻き込ま……逃げろーっ‼」
歩がクネクネしながら撤退指示を出しました。
「わかっひゃひゃ~!」
『こにゃはふぇ撤収っ!』
風子と千歌がミズダコ宝珠に帰還を命じます。
「おひゃはふぅ…………おふぅ……」
コバンザメも回収されました。
ハァ ドッコイショ ドッコイショ
第一砲塔跡の真上に悪樓がやってきた瞬間、祝詞がフィナーレを迎えました。
空中で宝珠に変わって落ちてきます。
「はい、これで回収」
玉網媛がキャッチしました。
「妾自ら舞っておいてなんですが、変わった祝詞ですね」
歌詞の由来や意味を知らずに練習してきた抄網媛が首を傾げます。
「常世の民謡だそうです。わたくしの斎太郎節もそうですが、歩様に教えていただいたのですよ」
「ほう、それはそれは……」
その歩たちは、長時間続いた触手責めでぐったりしています。
「やっと終わった……」
「でもあと四尾残ってるんだよなぁ」
「うひいっ!」
小夜理はウネウネがこれからも続くと知り絶望しました。
「やめて~、わたしにラインブレイクするつもりでしょう~? エラ洗いのように~!」
「姉ちゃんなに期待してるんだよ……」
できれば永遠に理解したくありません。
「ただしイケカツオに限る~」




