第二章・浦入物・その九
「どうやら吾輩たちの出番はなさそうだな」
仏法僧の露天艦橋で、宝利命は寂しそうに肩を竦めていました。
「僕の研修にもならなかったみたいだね」
隣の支夏命は、目的だった艦の指揮見習いができず、呆れた顔で蕃神たちの活躍を眺めています。
「でも勉強にはなったかな? あんな釣り……いや漁か。聞いていた話とはかなり違うようだね」
「吾輩とて、あのような悪樓退治は見た事がない。歩殿も思いきった事をやるものだ」
「あれじゃ姉上たちも暇を持て余してるんじゃないかな?」
大型の悪樓なら、巫女を務める媛たちの出番だったのですが。
「いや、魔海対策局の業務は悪樓退治だけではない。各省庁との連絡や手続きの書類作成など、姉上たちの仕事は山ほどある。もちろん吾輩たちも、あとで嫌というほど忙しくなる」
傀儡同然とはいえ宝利は局長なので、玉網媛たちが纏めた書類は例外なく宝利に回ってきます。
当然ながら全ての書類に目を通して把握して署名して判子を押すので、デスクワークの嫌いな宝利には、それだけで結構な負担となっていました。
「うわあ……それは大変そうだね」
他人事ではないと支夏が天を仰ぎます。
「それに魔海が消滅したあとにも仕事は残っておる。そういえば醒州は本部を調達できておるのか?」
「漁港の近くに鄙びた温泉旅館を人員込みで確保したよ。通信設備がないから、とりあえず近所の村役場に一室設けてもらったけど、そのうち旅館を増築して移設する予定」
「そうか。あとは蕃神様方と仲よくやって行けるか否かだが……」
宝利は支夏の目をじっと見据えて、
「くれぐれも失礼のないように。噂は聞いておるぞ?」
「どんな噂だよ……?」
「城に若い女衆を侍らせて、面白可笑しく過ごしておるそうだな?」
ずずいっと支夏に詰め寄る宝利。
「ただの噂だよ。僕は女の子に手を出すどころか、まともに口をきいた事もないんだ」
鬼のような強面に睨まれて、支夏の脚がガタガタと震え出しました。
「真であろうな?」
「宝利の活躍だって色々聞いてるよ?」
支夏は怯えながらも反撃します。
「なんでも異国の姫君を危機から救い出しては、あんな事やこんな事を……」
「それこそ根も葉もない噂だ」
根も葉もないのは事実ですが、噂だけではありません。
本になって出版されてベストセラー入りしています。
「僕のも根も葉もない噂だよ」
「そうか……」
マッチョに迫られて怯える支夏に八尋の姿が重なって、なんとなく信用する気になった宝利でした。
「ならばよい」




