第二章・浦入物・その七
「よーし、みんな宝珠を装着したな! じゃあ始めるぞ!」
仏法僧の狭い前甲板に集合した釣り研究部一同が、神楽杖を一斉に振って宝珠の魚を出しました。
五十メートル以上ある八尋のヒラシュモクザメを先頭に、歩のメカジキ、小夜理のクロカジキ、風子のメカジキが魔海へと飛び込みます。
「今回の魔海はあまり広くねぇ! 端から飛び出さねぇように気ぃつけて泳がせろ!」
「わかった」「おっけ~」「まかせて!」
歩たちのカジキは、どれも三十メートル近くもある超大物ばかりです。
「うわあっ!」
ヒラシュモクザメが魔海に突入すると、八尋の視界いっぱいに青い海が広がりました。
「なんて綺麗……」
眼下には、魔海の下にある本物の海面が、僅かな光を反射させて揺らめいています
海だけではありません。
視野を埋め尽くすほどの小魚が、闖入者を警戒して分散と合流を繰り返し、まるでダンスを踊っているかのようでした。
「これ凄いね~! 群れが渦巻いてるよ~!」
「大半が魔海の幻影みたいですね」
「幻影? 海藻みたいなやつ?」
実体がないのに当たり判定だけはある、魔海の付属物みたいなものです。
前回見た魔海の沖磯も、その一種。
「おそらく本物の悪樓は数百尾ほどでしょう」
「見た目が綺麗なら~、なんでもいいよ~」
「みんな浮かれるのはあと回しだ! 海底付近まで潜航して、八尋のサメを中心に楔形陣形で北西に進路を取れ! イワシの群れを抜けたら百八十度反転、鶴翼の陣でトウゴロウイワシの群れに突っ込むぞ!」
「わかった~。ところで鶴翼ってなに~?」
「楔形陣形ともいいます」
「わかんない~」
小夜理の捕捉は通用しませんでした。
「渡り鳥がよくやる編隊飛行だよ」
「ああ~あれか~」
八尋の適当な説明が、かろうじて通じたようです。
「ところで北西ってどっちだっけ?」
今度は八尋が説明を求めました。
「あっち~。海岸の反対側~」
風子の指差す方向にサメを向ける八尋。
深度調整も忘れません。
『なんで方向わかるんだろ……?』
この場にいる蕃神の中で、八尋だけは太陽の向きと時間で方位を知るスキルを持っていませんでした。
この異世界の自転と公転周期は地球と同じらしく、弥祖皇国の緯度も日本と大差ないので、知識さえあれば、太陽を見るだけで、おおよその見当がつくのです。
「八尋の左翼にマキエと風子、俺が右翼につく」
四尾の大魚が歪な編隊を組んで、魔海の端を目指します。




