第二章・浦入物・その四
「うわーホントに飛んでるじゃん!」
浮桟橋を伝って玉髄から関安宅【仏法僧】に乗り換えた一同ですが、船釣り部員たちは士官室の舷窓にへばりついて驚くばかりでした。
出航した仏法僧は、玉網媛に指示された魔海発生予測海域へと、巡航速度で高度五百メートルを順調に航行中。
「異世界ってマジだったんだー!」
仏法僧に限った話ではありません。
弥祖皇国では、ごく一部とはいえ船舶が空を飛ぶのです。
「てっきり……三笠でドッキリかと……思ってた……」
横須賀にある世界三大記念艦の一つに数えられる戦艦三笠は、明治時代後期の艦なので、日本の装甲帯巡洋艦に相当する仏法僧とは構造や内装が似通っています。
「他にも……飛んでる船あるよ……」
「これじゃ飛行機なんていらなそうだねー」
弥祖には蕃神たちの悪樓退治で回収された宝珠を動力源にして、浮いたり移動したりできる技術があるので、航空機は存在しません。
「この船が飛行機みたいなもんじゃん。羽根ないけど」
八尋にも覚えがありますが、船釣り部員たちは初めての異世界に興奮しています。
「……で、この異世界で私たちになにをやらせる気なの? まさか魔王を倒せとかいわないでしょうね?」
莞子だけは違いました。
玉網媛や抄網媛ではなく、歩に食ってかかります。
「俺たち釣り部のやる事なんざ、釣りに決まってんだろ」
「やっぱり歩たちは初めてじゃないのね。なんでいままで黙ってたのよ」
「いっても信じねぇだろ?」
「嘘! 釣果を独り占めしたかっただけのくせに!」
「バレたか」
お気に入りの釣り座を他人に教える釣り師は、あまりいません。
「さては姉貴の差し金かぁ? ひょっとして新しい顧問って姉貴だったのか?」
歩は由宇が磯鶴高校の教師になったのは知っていますが、顧問の話は聞いていません。
「そうよ。歩が知らないって事は……ほんと嫌な性格してるわね、あの人」
「昔っから悪戯好きだからなぁ」
「この世界に連れてこられたのだって、どうせあのお守りのせいでしょ?」
磯鶴神社のお守りには先代の蕃神たちの髪の毛が入っていて、召喚時のマーカーになっているのです。
ちなみに髪の毛と人間が一つずつワンセットになった時だけ反応し、お守りを複数持っていると召喚対象から外れるように安全対策が施されています。
「やっぱ姉貴にもらったのか。顧問の話といい、姉貴は行動が早ぇなぁ」
「ところでなんで光蔵さんがきてないのよ⁉」
船釣り部の部長である相楽光蔵も、由宇にお守りをもらっています。
「男はこれねぇんだよ。召喚されるのも釣りができるのも女だけだ」
「釣り⁉ 空飛ぶ軍艦で一体なにを釣れっていうのよ! まさか集団で狩っても三十分以上かかるラテン語っぽい名前のモンスターじゃないでしょうね⁉」
気の短い莞子は、時間のかかる狩りゲーが嫌いです。
「それは魚によるなぁ……おっ、着いたみてぇだ」
舷窓から黄緑色に光る魔海が見えてきました。
「そろそろよろしいでしょうか? 新たにいらした蕃神様方に、いろいろとご説明申し上げたいのですが……」
玉網媛の声に、窓際にいた全員が振り返ります。
「ここは姉上たちに任せて甲板に参ろうか」
釣り研究部と船釣り部の確執を察した宝利命は、勢力の分断を考えました。
人数が多いのでチーム分けは必須ですし、口喧嘩のたびに説明が滞るのは面倒です。
「そうだなぁ、偵察くらいはやっとくか」
「ひょっとして、ぼくの出番?」
八尋のヒラシュモクザメなら、ロレンチーニ瓶で悪樓の位置を確認したり、ある程度なら魚種の特定も可能です。
「いや、それは見てから判断しよう。サメが泳げる環境じゃねぇかもしれねぇ」
魔海の規模が小さかったり、前回のように沖磯などの障害物があると、五十メートルのヒラシュモクザメでは、魚体が大きすぎて自由に泳げません。
「では、みな参るぞ」




