第二章・浦入物・その三
「なんでみんなと同じ部屋に召喚しちゃうの⁉ 一昨日みたいに別々じゃ駄目だったの⁉」
組み伏せられて強引に巫女服を着せられながら、八尋は玉網媛に文句を言いました。
八尋は最初の召喚が失敗して以来、玉網媛が別枠でピンポイント召喚する予定だったはず。
「第二祭儀室は使用中です。ですがわたくしも、四尊ともこの部屋に顕現あそばされるとは思いませんでした」
「…………?」
玉網媛は会話しながら八尋の白衣の上に胴乱のついた帯革を巻き、馬乗袴を穿かせてから斜革を装着します。
「おうっタモさん! 八尋の着つけは済んだかぁ⁉」
祭儀室の扉をガラリと開けて、歩たちが入ってきました。
「わあっ歩さん! もうちょっと恥じらい持ってよ女子高生なんだから!」
三人とも湯帷子を羽織っていますが、歩は中身のボリュームがありすぎて、あちこちはみ出しそうになっいます。
いまにもポロリしそうで目が離せ……もとい見ちゃいられません。
「いま終わったところです」
八尋の着つけが終わって、棚から新しい巫女服を取り出す玉網媛。
「お次は風子様ですね」
「お願い~」
歩は湯帷子を脱いで小夜理に晒を巻いてもらい、風子は玉網媛に巫女服を着つけてもらいます。
「じゃあ、ぼくは外で……」
いたたまれなくなった八尋は、水密扉を開けて脱衣場から逃げ出しました。
第一祭儀室での召喚は初めてだったので、士官室への道筋はわかりませんが、傾斜梯子を見つけて上甲板に出れば、現在位置くらいは把握できるはず。
「ああっ! あんた確か釣り研の……」
艦内通路で巫女服の集団と鉢合わせしました。
「綱島さん⁉」
あさがり丸で堤防の歩と口論していた綱島莞子です。
他の船釣り部員たち三人も揃っていました。
「他にもきてるって聞いてたけど、やっぱり釣り研だったのね! 歩もいるんでしょ⁉」
デフォルト装備の白い袴を穿いた莞子が八尋に詰め寄ります。
「わあ稲庭きゅんだー!」
「キャー可愛いっ!」
「これはもう……ハグるっきゃないね……」
他の三人が莞子を押しのけて八尋に迫ります。
「わあっ助けて宝利―!」
「呼んだか⁉」
通路の角から宝利命が飛んできて、船釣り部員たちと八尋の間に割って入りました。
「おおマッチョじゃん! マッチョがいるじゃん!」
「でっかいねー」
「いや熊でしょ。こんなでっかい人間が存在する訳ないじゃん」
「でもケモミミだよ……尻尾もあるし……」
「隠れてる稲庭きゅんも可愛いー……」
「それは同感じゃん」
「熊の親子……みたいだね……」
莞子以外の船釣り部たちは、巨大な異世界人に興味津々ながらも、その後ろでモジモジしている八尋にキュンキュンしています。
「今日はやけに人数が多いようだな」
作江が八尋を狙い隙を窺っているのに気づいた宝利が、八尋を背中に隠してガードを固めました。
「ちょっと私の話を……」
状況について行けずに戸惑う莞子。
わかっていないのは他の船釣り部員たちも同様ですが……。
「だって莞子の話は長いからー」
「つーか終わんないじゃん」
「なんにも……始められないよね……」
どうやら莞子の話をスルーするのは、部員たちの慣習になっているようです。
「なんだ莞子もきちまったのか」
巫女服の着つけが終わった歩が現れました。
「人数増えた~! やっほ~!」
風子と小夜理もやってきます。
「これは騒がしくなりそうですね」
などとといいながら、小夜理は手にした水筒のお茶をガブガブ飲みました。
左手にはブリキのバケツ。
小夜理はお腹になにか入れて吐かないと、船酔いで動けなくなるのです。
飲んで吐く、そのための水筒とバケツでした。
「わたくしも、ここまでの大所帯になるとは思いませんでした」
歩たちのうしろから玉網媛もやってきます。
「これで全員という事でよろしいしょうか? 抄網はどちらに?」
「ここにおりますよ、姉上」
玉網媛の呼びかけに応じて、抄網媛が現れました。
抄網媛は百七十センチある歩よりも、さらに長身で、女子の集団から頭一つ飛び抜けています。
「では、あとは支夏を探せば全員揃いますね」
「……支夏?」
「第二皇子で吾輩の兄上だ。父親は異なるがな」
八尋の問いに宝利が答えます。
「お父さんが違うの? あっ……これ聞いちゃ駄目だったかな?」
質問してから、複雑な家庭の事情に触れたような気がして後悔しました。
「弥祖の皇家は母権制の母系社会でな。代々の女皇は特定の夫を持たず、貴族を相手に続々と子孫を増やす倣いなのだ」
家庭の事情はそれほど複雑ではありませんでしたが、家系図はかなり複雑そうです。
「なんか凄そうなお家だね……」
というか、そんなにホイホイ子供を作ってしまう女皇の体力が凄いと思う八尋でした。
「こちらが吾輩の姉上で第二皇女の抄網媛。支夏兄の双子の姉でもある」
「ご機嫌よろしゅうお頼み申し上げます」
雪のような白髪の美女が莞子たちを掻き分けて、八尋に頭を下げました。
「……………………うわ……」
次の瞬間、八尋は抄網媛の碧い目で全身を嘗め回される感覚に襲われました。
思わす宝利の陰に隠れてしまいます。
「姉上方、僕をお探しかい?」
抄網媛と同じ顔で、真っ白な短髪の若者が現れました。
背丈も同じくらいですが、瞳の色は薄灰色の右目に碧い左目と、左右逆になっています。
服装はグレーの袴姿で、胸元に立ち襟のシャツを着た、いわゆる書生スタイル。
「おおっイケメンじゃん!」
「マッチョの次はイケメンさんだー」
「しかも文学系……うちのガッコには……いないタイプ……」
船釣り部の面々はイケメン男子の出現に大喜び。
「よくきてくださいました。支夏、ご挨拶を」
玉網媛に促されて、若者は前髪をかき上げる厨二っぽいポーズで挨拶します。
「支夏命です。みんな支夏って呼んでね」
支夏が灰色の目でウインクをすると、莞子以外の船釣り部員たちがキャーッと歓声を上げました。
「うわあ……」
これはナンパな人だと思いました。
八尋が一番苦手なタイプです。




