第一章・磯鶴高校船釣り部・その六
そんなこんなで準備が終わり、部室小屋の前に置かれたテーブルに人数分の俎板が並べられました。
「そんじゃ、まずはウミタナゴのウロコ落としから始めるか」
釣った魚はスーパーで売っているものとは違い、下処理が済んでいません。
「お~っ!」
全員に小型の出刃包丁が配られます。
「……包丁? 鱗って包丁で取るものなの?」
「当たり前ぇだろ。まあ専用のウロコ取りもあるんだが、うちは包丁でやってるし、覚えといて損はねぇ」
そういって歩は、ウミタナゴに包丁の峰を当てました。
「ちょいと斜めに当ててゴリゴリ削る。それだけだが丁寧にやれ。ウロコが残ると食った時に後悔するぞ」
魚料理は下拵えで決まるといっても過言ではありません。
「側面と上面はガガッと一気に、腹は柔らけぇからゆっくりと。後頭部や胸ビレの下はウロコが残りやすいから念入りにな」
パパッと手早く鱗を剥がして行く歩。
「エラブタも忘れんなよ」
鰓蓋の鱗はスーパーでも処理されていない事があります。
タイのアラを買う時は要チェック。
「あれ? ぼくと姉ちゃんの包丁、歩さんたちのと違うよ?」
包丁の峰にコンバットナイフのようなギザギザがついていました。
「八尋と風子は初心者だし、いきなり本格小出刃は危ねぇだろ。そいつぁ釣り用の包丁だ」
「そのギザギザで鱗を落とせるようになってるんですよ」
「銃刀法の改正で生産中止になった代物だ。でもまあ、ここで使う分にゃアリだろ?」
現在の法律では、刃体六センチ以上の刃物は、正当な理由のない持ち運びが禁じられています。
刃渡りではなく刀身長が基準になっているので、知らずに持ち歩くと、お巡りさんに任意同行(強制)を求められたりするのでご注意を。
「切れ味はイマイチだけど、ちゃんと研いだから問題ねえ」
「研いだのは私なんですけどね」と小夜理。
「おお~っ、なんか面白い~!」
風子はすでにガリガリと鱗取りを始めています。
「わあっ! ちょっと飛ばさないでよ!」
風子の作業は乱雑で、鱗が八尋の顔まで飛んできました。
「諦めろ。どうあがいても飛ぶ時ゃ飛ぶ。八尋だってきっと飛ばすぜ? 俺もマキエも飛ぶけどな」
「私はそんなに飛ばしませんよ」
それは腕の差によるものですが、セミプロの小夜理でも少しは飛ばすようです。
「そっか、じゃあ遠慮なく」
包丁のギザギザな峰で魚をゴリゴリ擦ると、初心者の八尋でも思い通りに鱗が剥がれて行きました。
「ほんとだ、これ面白い……」
バリバリ取れて爽快感があります。
「意外と簡単だね」
ブリッ!
力を入れすぎたのか、ウミタナゴのお尻から中身がはみ出してしまいました。
「わあっ、やっちゃった!」
「気にすんな。どうせあとで洗っちまう」
「そっか……」
ただし出た分だけお腹の弾力が失われ、包丁を当てにくくなりました。
「背ビレの根本は念入りにやっとけ」
きちんと取り除かないと、食べる時、口に入って嫌な思いをします。
「できた~!」
「ええっ、もう⁉」
風子が一尾完了したようです。
「どれどれ……よっしゃ完璧!」
「わ~い!」
一発合格した風子は大喜び。
「こちらは三尾目ですけどね」と小夜理。
ちょっと大人げないです。
「なんだか臭くない~?」
自分の手が一番臭いので、風子は鼻を抓めません。
「それはそうですよ、魚なんですから」
生きものを解体すれば臭くて当然。
スーパーなどの小売店に並ぶ鮮魚や精肉が臭わないのは、解体や下処理で臭い思いをした人たちが大勢いるからです。
「だから外で作業してんじゃねぇか」
「そうだったんだ……」
全ての魚から鱗を除去しても、まだお腹を切って内蔵や鰓を取り出す作業が待っています。
「とにかくウロコを剥がさにゃ話が進まねぇ。続けるぞ!」
鱗取りの作業が黙々と続きます。




