ラスク
「狼2周年御礼と外伝キャラ指名」での、雅様のご指名による外伝です。以下、雅様のメッセージを引用いたします。
連載開始から楽しませて頂いてましたが、このような栄誉を賜り恐悦至極にございます。
悩みましたが、初めに浮かんできたのは何故か、無敵バグナッツ、しかし読み返してみると既に一話まるまる使って語られている上に何故こいつなのかと思い断念。
次に奉仕依頼の税金の人、あまりにも勿体ない。ドロースさん、ノクターンなら……。ギョルギョプルブルドニクウェンティゴレリス、しばらく考えているうちに名前覚えてしまったのでもういいか(意外に覚え易かった)
ゾルたんを始め達人老人達、メジャーすぎ?
難しい……最近私事ですが父について深く思いを巡らせる事になっておりまして、レカンの実の親はどんなだろう、とふと思いましたが、よく考えたらただの育児放棄、虐待のチンピラだった。
そういえば第一回の時に自分なら……と思ったキャラが、よし、そうしよう。
どのような分野でも職人芸というものに心惹かれます、特に、いろんな作品で刀剣にまつわる由来や曰くが語られるエピソードがすきです。
無骨で不器用でひたむき、なイメージのある鍛治師がどんな親子関係だったのか、自分も父とあまり話してこなかったのを今更ながら悔いているのもあり、ラスク、アゴスト親子でお願いします。
ラスクはリプリンの剣匠だった。
その名はナディス男爵領ではよく知られている。
それどころか、ゾブレス王国やザカ王国からもラスクの打った剣を求めに来る者がいるほどだ。
当然、ラスクの剣は高い。
ところがラスク一家は豊かとはとうていいえない。
なぜかというと、一本の剣に精魂を込めすぎるからだ。
いい剣を打とうと思えば、当然希少で高価な鉱石を使う。
それはいいのだが、幾種類もの鉱石を混ぜ合わせて結果が気に入らなければ、最初からやり直す。そうすると、希少で高価な金属が無駄になる。混ぜ合わせに失敗したものでも、よそに売れば結構な金になるのだが、売らない。置いておけばいいようなものなのだが、沼に沈めてしまう。なぜかというと、配合の秘密が漏れるのがいやだからだ。
そしてまた、体力と気力が充実しなければ剣を打とうとしないし、雨が降る日にも剣を打とうとしない。だから一本の剣が仕上がるにも、ずいぶん日にちがかかる。
要するに、ラスクは偏屈なのだ。
ラスクの姿をちらりとみると、全身ががりがりに痩せているようにみえる。実際余分な肉など一かけらもない。
だが近寄ってよく見ると、骨格はしっかりしているし、骨の周りには強靱な筋肉がついている。
落ちくぼんだ眼窩の奥で両眼は炯々とした光を放っており、一種異様な迫力を感じずにはいられない。
物言いもぶっきらぼうで、やすりで鉄を削るような耳障りな声だ。大声をだせば野獣の吠え声のようでもある。
一方、ラスクの息子であるアゴストは、肉付きのよい体を持ち、人のよさそうな顔をした青年だった。
やさしい男だった。
かわいい娘を妻にして、こどもも三人産まれた。
そのアゴストは、もうこの世にいない。
ラスクもすでに、この世の人ではない。
ザカ王国暦九十年のある日、ザカ王国の北部にあるというコグルスという町の騎士が訪ねてきて、秘密の依頼がある、と言った。
なんと、地竜トロンを倒せる剣が欲しいというのだ。
ということは、どこかで地竜トロンがみつかったのだろう。
地竜トロンは〈豊穣の竜〉とも呼ばれる神獣で、倒せば繁栄と栄光をつかめると伝えられているが、その資格がない者が挑めば、一国の騎士ことごとくをもっても倒せないという。
そのころ、すでにラスクの体力は衰え始めており、ショートソードや細剣や短剣しか打たなくなっていた。
だが、神獣を倒すための剣を打つ機会が目の前にある。それを逃してよいものか。
ラスクは悩んだすえ、自分はもう神託の剣を打ち切る体力はないので、息子の名で仕事を受けさせてもらいます、と使いの騎士に答えた。
この当時、アゴストは三十二歳で、ラスクは五十二歳だった。
使いの騎士は、実際に剣を打つときにはラスクも一緒に鎚をふるうということを確認してから、アゴストに竜滅剣の作製を依頼した。
神獣のような特別な相手を斬り裂くには、神託の剣でなくてはならない。ラスクはかつて神託の剣を打ったことがある。地竜トロンを倒す剣となると、あれよりはるかに大きな剣が必要だ。
使いの騎士と打ち合わせをして、ナディス領のザボア神殿で神託を受けることになった。
神託の儀を受けるためには、まず材料の鉱石を手に入れなければならない、作る剣が巨大だし、一度失敗してもいいように倍の量を買っておく必要があるから、必要な鉱石の量は多い。しかも、硬さを出すため大量の聖硬銀がいるし、粘りを出すためにやはり大量のディラン銀鋼がいる。そのほか、希少な鉱石がいくつか必要だ。
幸いリプリンのすぐ近くに鉱石迷宮があって、金さえ出せば、多少時間はかかっても、どんな鉱石も手に入る。そもそもラスクがこの町に住むことを決めたのも、この鉱石迷宮があるからだ。
使いの騎士は、驚くような大金を預かってきていて、鉱石を買う金をちゃんと出してくれた。ただし、手間賃はすべて後払いにされた。これはしかたのないことだ。前払い金を渡してしまえば、手に入れた鉱石をたたき売り、前払い金を持ってどこかに身を隠すかもしれない。実際、そういう剣匠もいなくはないのだ。
鉱石がそろうのに二年間かかった。
そのあいだ、ラスクとアゴストは研究を重ね、竜滅剣についての資料を集めた。
手紙を出したところ、騎士は再びやって来た。
鉱石を神殿に運び、騎士と、ラスクと、アゴストは、神託の儀を受けた。請願料は大金だったが、騎士はそれをきちんと納めた。神託というものは必ず下りると決まったものではないが、このザボア神殿の神殿長は非常に徳の高い人物で、無事神託は受けられた。神託が受けられたということは、討つべき相手、すなわち地竜トロンが実在していて、この騎士が居場所を知っているということだ。
騎士はコグルスに帰る前に、少しばかり事情を明かしていった。
自分は確かにコグルスの騎士であり、今回の依頼はコグルス領主からのものだが、地竜トロンを発見し、討伐の計画を立て、資金を出したのは、ザック・ザイカーズという商人なのだという。ザックは商人といえども、もとのコグルス領主の血筋であり、コグルスの繁栄のため、私財を投じてトロン討伐を決意したのだという。
剣ができたころ受け取りに来る、と言い残して騎士は去った。
息子アゴストとともに竜滅剣を打つ準備を始めてみて、ラスクはあらためて自分の体の衰えを知った。
これでは親鎚を打つのはとても無理だ。だから、息子アゴストに親鎚を打たせ、自分は子鎚を打つことにした。
アゴストの性格は、父親であるラスクに、まったく似ていない。
ラスクは偏狭で狷介で人付き合いが悪いが、アゴストは善良で親切で人当たりがよい。
ところがいざ鎚を握ると、その仕事のやり方はラスクにそっくりだ。
というより、ラスク以上に凝り性で、熱心で、妥協のない仕事をする。
ラスクがこんな仕事のしかたで生活できるのは、若いころからの積み重ねがあるからだ。若いころには金のための仕事もした。そうして年限を積むなかで、納得のいく仕事だけができるような環境を調えたのだ。
だがアゴストは、ラスクの若いころを知らない。剣匠としてできあがったラスクをみて、それが剣匠というものだと思い込んでいる。だからいきなり気位の高いやり方で仕事を始めてしまった。
悪いことに、アゴストには剣匠としての才能があった。たぶん才能だけでいえばラスクをしのぐ。
アゴストが生まれてはじめて打った剣を鑑定させたところ、なんと〈アゴストの剣〉という鑑定名が出た。
〈銘入り〉だ。
普通の剣匠が打っても、名は付かない。優れた剣匠が精魂傾けて打てば、名が付くことがある。
アゴストは、最初に打った剣に自分の名を刻んでしまった。
それもよくなかったかもしれない。
アゴストは、名が付かなかった剣は、できが悪いと考えるようになってしまった。
ところが、〈銘入り〉の剣などというものは、狙って打てるものではない。
打っても打っても〈銘入り〉の剣はできなかった。
アゴストは、悩み、苦しんだ。
やせ細り、狷介になり、妻やこどもたちに怒鳴り散らすようになった。
ラスクは何とかアゴストの考え方を改めさせたかったが、どう接していいかわからなかった。
無口で偏屈なラスクだが、アゴストがこどものころには、笑い合って話もしたし、たわいない会話ができていた。
ところが、アゴストが剣匠の道に踏み込んでからは、親子の会話はなくなり、師と弟子の会話しかできなくなった。
そうなると、ラスクも厳しいことしかいえない。ラスク自身、剣匠のわざについては妥協を許さない人間なのだ。
いっそ外の剣匠に預けようかと思ったこともあるが、アゴストを預けられるような剣匠に心当たりはなかった。
結局、どうしていいかわからないまま、ラスクはアゴストの指導を続けた。
アゴストは、作品数は少ないが、優れた剣を打つ剣匠として、徐々に名をあげていった。
そんなとき、この竜滅剣の仕事が入ったのである。
竜滅剣の作製に取りかかるようになって、アゴストは変わった。
以前のように明るくなり、優しくなり、よく笑うようになった。
高い目標を掲げて前向きに生きるとき、人はこのようになるのだと、ラスクは今さらながら思い知った。
楽しい日々だった。
気がつけば、ラスクもよくほほ笑むようになっていた。
親子は、この難しい仕事に、力を合わせて取り組んだ。
神託を受けてから二年後、ようやく竜滅剣作製のめどが立った。
慎重に試験を行い、材料作りがはじまった。
そしていよいよ、竜滅剣の作製が始まった。
二人は無言で剣を鍛えた。炎が燃える音と鎚の音だけが仕事場を満たした。吐く息が焼けるような暑さのなか、二人の剣匠は、ただおのれのわざを剣にそそぎこんだ。
アゴストの妻は、神殿に詣でて、仕事の成就を祈願した。
そしてザカ王国暦九十六年のある日、剣は完成した。
アゴストは、毎日できあがった剣をながめて過ごした。
鑑定は受けなかった。
受けなくても、この剣に〈アゴストの剣〉という銘が刻まれていることは明らかだった。
ラスクは、ここちよい虚脱感にひたった。
コグルスに手紙を出した。
だが、騎士は現れなかった。
そしてアゴストが死んだ。
ある日寝たまま死んでしまった。王国暦九十八年のことだ。
満足した顔をしていた。
四十歳の若さだった。
精根を使い果たしてしまったのだろう。
何度も手紙を出した。ザック・ザイカーズの使いは、剣を受け取りに来なかった。
それどころか、手紙の返事さえなかった。
もう家には金がなかった。
だが、ラスクは老いており、力は使い果たしていて、何もできなかった。
長男と長女は働きに出ていたが、給金は安く、家にはわずかな仕送りしかできなかった。次男が重い病にかかっていて、仕送りは薬代に消えてしまう。
そんなとき、領主から〈ラスクの剣〉が返還された。
これは以前、領主がある禁忌を犯してしまって強力な怨霊に取り憑かれたとき、領主家の依頼によってラスクが打った剣であり、ザボア神殿で神託の儀を受けて鍛えた特別な剣だ。
返却の理由は、もう不要であるから、というものだった。
誰かがラスクの窮状を領主に伝えてくれたのだ。それに領主が温情をかけてくれたのだ。
ラスクは、アゴストの妻に、〈ラスクの剣〉を売るように言った。
アゴストの妻は〈ラスクの剣〉を売ろうとしたが、売れなかった。
この剣のことはよく知られている。そんな高価な剣は買えないと、誰もが言った。
ラスクは考えたすえ、ザカ王国に向かう商人に〈ラスクの剣〉を預け、どこででもよいから売り払ってほしい、と頼んだ。
その商人は前金をくれたので、一家はひと息ついた。
やがて帰ってきた商人は、剣が金貨四枚大銀貨五枚で売れたといい、後金をくれた。
実はその売値は材料代の十分の一にも届いていないのだが、とにかくそれでたまった借金のほとんどを返すことができた。
ラスクは倒れ、病の床に伏した。
アゴストの妻は、ラスクに付ききりで看病した。
ラスクはアゴストの妻に言った。
迷宮都市ニーナエに、付き合いのある武器屋がある。自分が死んだら、その武器屋に〈アゴストの剣〉を売れと。
〈アゴストの剣〉は、コグルス領主の依頼で打った剣であり、鉱石の代金も、神殿に納めた請願料も、ザック・ザイカーズから出ている。これほど年月が過ぎているのに受け取りに来ないのだから、もう受け取りに来るとは思えない。たぶん、受け取りに来られない何かの事情が生じたのだ。
だが剣匠であるラスクが生きているうちは、依頼されて打った剣を売ることなどできない。
だから自分が死んだら売れと言ったのだ。
アゴストの妻は聞いた。
「もしもザック・ザイカーズという人が、剣を受け取りに来たら、どうしたらいいんですか」
「正直に事情を説明すればいい。あちらに非がある話なのじゃ。こちらは八度も手紙を出したのに、受け取りにも来んし、返事さえよこさんのじゃからな。五年もほったらかしなのじゃ。文句は言えんじゃろう。竜滅剣が欲しければ、売り先を訪ねて買い戻せばいい。たぶん本来払うはずじゃった手間賃より、ずっと安く買い戻せる。ああ、剣を売るときに、あれが竜滅剣だということは言うな。それがせめてもの信義じゃ。ああ、あの〈ラスクの剣〉は、今ごろどうなっておるかのう。できるものなら、この〈アゴストの剣〉が、剣にふさわしい剣士のものとなって、存分の働きをしてほしいものじゃ。それがわしの最後の望みじゃ」
その数日後、ラスクは死んだ。
こうして、王国暦一〇一年のある日、〈アゴストの剣〉はニーナエの武器商人に売却される。
その十五年後、レカンはこの剣に出会い、買い取るのである。