爆裂犬
1
「うわあ。すごい状態だね」
「ああ」
「薬を作ってるのかと思ってたら、こんなに剣を並べて何やってるの?」
「いや、自分が何を持ってるのか、自分でもわからなくなったんで、ちょっと整理をな」
「レカンの〈収納〉って、〈箱〉とちがって、入れた順番に並んでるんじゃないんだったっけ?」
「ああ。なかに手を突っ込んで、欲しい物を念じると、それがつかめる」
「泥で汚れた薬草と、綺麗な服をごっちゃに入れても、服が泥で汚れたりしないんだよね」
「ああ」
「それ、むちゃくちゃ便利だよね」
「まあな。だが、何が入ってるかわからんと、出すことができん」
「じゃあ、忘れちゃったものは永久に取り出せないじゃん」
「いや。今こうやって剣を出しているのも、〈剣を〉と念じて出しているんだ。剣を出し切ったら、次は〈武器を〉と念じて出していく。そうやって種類別に出していって、最後には、〈すべてを〉と念じれば、〈収納〉に入っているものはすべて取り出せる」
「あ、そういえば、前に食べ物の整理してたことがあったね」
「ああ」
「この一角に固めておいてある剣は、何?」
「ツボルト迷宮で得た剣だな」
「この変な形をした剣は何?」
「〈隠身剣〉だ。それは装備するだけで姿や気配がぼんやりする剣だ」
「へえ? こっちのは?」
「〈回復剣〉だ。それで斬ると傷が治る」
「えっ? この剣でつけた傷は治っちゃうの?」
「その剣では人に傷はつけられない。ほかの傷が治るんだ」
「変なの。こっちのは?」
「それは〈爆裂剣〉だな。衝撃を与えると爆発する。倒すなよ」
「こわっ。こっちの机には魔石がいっぱいだね」
「ああ」
「この白いふわふわしたのは何?」
「それも魔石だ。魔犬の魔石だな」
「マケン?」
「犬の魔物だ」
「イヌ?」
「この世界ではみかけないが、オレがもといた世界ではいろんな種類の犬がいた。魔物じゃない犬もな」
「どんな生き物なの、イヌって」
「うーん。簡単にいえば、戦闘力が低くて人なつっこい狼みたいな感じかな」
「……?」
「レカン様」
「ああ、フィンディンか。入れ」
「失礼します。今、騎士リーガン・ノートス様がおみえです。急ぎレカン様とご相談したいことがあるとのことです」
「そうか」
レカンはフィンディンとともに調薬小屋を出た。エダも小屋を出ようとして、ふと〈爆裂剣〉が気になった。
「壁に立てかけてあるだけじゃ、危ないよね」
エダは、机の上にあった魔犬の魔石を〈爆裂剣〉の刃先にぐっと詰めた。これで滑って転がるようなことはない。
「さてと。ミリルさんのとこに行かなくちゃ」
今日は、以前の隣人に料理を教えてもらう約束なのだ。
エダはそっとドアを閉めて、外出した。
2
翌日、整理の続きをしようと調薬小屋に入ったレカンは、白い小さな何かが走り寄ってくるのをみて、一瞬身構えた。その小さな何かは、レカンの足元ではねまわると、あんあん、とうれしそうな声をあげた。
(犬?)
(どうしてこんなものがここにいるんだ?)
エダがやってきた。
「えっ。レカン。こ、この子、何?」
「わからん。が、犬だな」
「イヌ! イヌってこんなにかわいいんだ。おいで!」
「いや、危険かもしれんぞ」
と言ったときにはもう、エダは身をかがめて両手を突きだし、走り込んできた犬のようなものを抱き取っていた。
「うわああああ。ふわふわだ」
レカンは、それがエダに危害を及ぼさないか、厳しい目でにらんでいる。
エダは、レカンの視線にも気づかず、夢中で犬をなでている。
「そんなになめたら、くすぐったいよ。あはは。この子、どうしたの?」
「知らん。今来たら、それがいた。うん?」
「どうしたの?」
「〈爆裂剣〉がない」
「えっ? あ、ほんとだ。詰め込んでおいたマケンの魔石もないや」
「魔犬の魔石?」
「うん。〈爆裂剣〉が滑って転ばないように、マケンの魔石を詰めておいたんだ」
「そういえば、魔石が一つ少ないような気もするな」
「そうか! じゃあ、マケンの魔石が〈爆裂剣〉の恩寵を吸い取って、リンが生まれたんだね」
「リン?」
「この子の名前だよ」
「もう名前をつけたのか」
「名前がないとかわいそうじゃないか」
エダは目を閉じて頬をリンにすり寄せて、至福の笑みを浮かべている。
ジェリコとユリーカは、すぐにリンと仲良くなった。
ノーマもリンを気に入った。抱きしめてしばらく放さなかった。
こうしてレカン一家に新たなメンバーが加わったのだった。
3
「それでね、リンたら、すごかったんだよ」
「そうか」
「馬に遅れずに隊商についてきてね。夜は夜で、魔獣が近づいてきたら、わんわんって吠えて教えてくれたんだ」
「そうか」
「その鳴き声がまたりりしくてね」
「そうか」
「大っきな蜘蛛猿を恐れもせず、堂々と吠えて威嚇してくれたんだよ」
「そうか」
「戦いのあとに、リンをなでてやるとね。すごく手触りがよくて、あたいも元気になるんだ。リンもあたいが大好きなんだ。ほら、みてみて。尻尾をこんなに振ってるでしょ」
「そうか」
「かわいくて、強くて。リンは無敵だね!」
「そうだな」
4
その次の依頼にも、エダはリンを連れていった。馬車五台に護衛四人しかついていないが、いつもはそう危険な道ではなかった。
ところが運悪く、このときは森のなかで赤猿の大群に襲われた。
エダは〈イェルビッツの弓〉を駆使して赤猿を次々に撃ち落とした。
だが、四方八方から襲い来る小さな魔獣の大群に、護衛四人ではまったく手が足りなかった。
それでもエダの縦横無尽の活躍で死者は出ずにすんだ。馬車は多少被害を受けたが、大損というほどではない。
赤猿たちが退却してゆくと、エダは怪我人に〈浄化〉をかけてまわった。
それにしても、赤猿は、どうしてあれほど大群で襲ってきたのか。どうしてあんなに激しく攻撃を仕掛けてきたのか。そのことを、エダは考えてみるべきだった。
だが、エダは怪我人の治療に一生懸命だった。
そこに油断がなかったとはいえない。
わんわんわんと、リンがけたたましく吠える声に顔を上げると、森から飛び出してきた魔獣が、エダに飛びかかろうとしていた。
巨大な大剛鬼が。
エダは右手に持っていた茶色の細杖を投げ捨て、〈イェルビッツの弓〉を引き寄せた。だが、間に合わない。
そのとき、小さな白いものが横から走り出て、大剛鬼の胸にまっすぐ飛び込んだ。
リン、とエダが名を呼ぼうとした瞬間、大爆発が起きた。
爆発の余韻がさめたあと、そこにはばらばらに吹き飛んだ大剛鬼の体があった。
そして折れた〈爆裂剣〉が落ちていた。
5
「悪いがあんたの言ってることが、あたしにゃわからない」
「だから、この剣と魔石から、犬を復活させてほしいんだ」
「この折れた剣が〈爆裂剣〉だってのはわかる。イヌってのは何で、この魔石は何なんだい? てか、これほんとに魔石なのかい」
「これは、オレがもといた世界の魔犬という魔獣の魔石だ」
「マケン?」
レカンは、魔犬と犬のことを説明した。そして、リンがどのように現れたかを説明した。
「あのねえ。あたしにもできることとできないことがあるんだよ。そんなみたこともないような異世界の生き物を、どうやって復活させろっていうんだい」
「だが、リンはこの世界で誕生した生き物だ」
「〈爆裂剣〉とそのマケンとやらの魔石が融合して誕生したって、あんたは言うんだね。それだったら、まず〈爆裂剣〉の折れてないやつを手に入れて、一晩その魔石と一緒に置いてみたらどうなんだい。それが筋ってもんだろう」
「なるほど。そうだな。行ってくる。もし、それでもだめだったら、また来る」
「来ても無駄だよ。あら、行っちまった」
レカンは飛び出していった。たぶんツボルトに向かったのだろう。恐るべき行動力だ。狙って〈爆裂剣〉を手に入れるつもりだ。普通はそんなことはできないのだが、レカンは普通の冒険者ではない。
「よっぽどエダちゃんの涙がこたえたんだろうねえ。ふふ。その点じゃ、あたしの狙い通りだったわけだ。まあ、幸せになんな」
だが、〈爆裂剣〉とマケンの魔石で、そのイヌとやらができなかったら、レカンはまたシーラのもとに来るだろう。そのときはどうしたらいいのか。
この老賢者にもその答えはなかった。