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パレード

一周年御礼企画による外伝です。今回は、ぽよん様ご指名のパレードの外伝です。ご要望は、戦いの調教をされていなかったパレードがレカンから受けた訓練、ということでした。

 1


 森というのは不思議だ。

 例えば今目の前にあるこの木は、幹のしわも枝の付き方も葉の形と色も、もとの世界ではみたことがない。

 今ブーツで踏んでいる草にしても、もとの世界ではみた記憶がない。

 そのように、一つ一つの木や草は、みしらぬものであるのに、森全体の雰囲気は、どことなく覚えがあって、懐かしい感じがする。

 こういう森は、若干暖かい気候の土地でみかける森だ。

 そうしてみると、異世界であるといっても、木や草が育ち森を形作るその働きには、結局同じような規則が働いているのだろう。

 早足で森のなかを進みながら、レカンはそんなことを考えていた。

(それにしても、こいつ、どこまで行く気だ?)

 レカンの前をパレードが走っている。

 パレードは長腕猿(ザンバルドゥ)だ。ただしその体躯は大柄で、普通の長腕猿四匹分ほどもある。身長は普通にしていればレカンよりわずかに低いくらいだ。つまり並のおとなより大きい。体重はレカンの倍はあるだろう。

 そんな巨体なのに、木々の入り組んだ森を、ひょいひょいと進む。

 長腕猿も、このぐらいの大きさの個体になると、木の上を移動することはせず、地上を進む。木に登るのは他の生き物を襲うときや、逆に他の生き物から逃げるときぐらいだ。

 パレードは、調教師ドニの飼い猿だ。パレードを森で自由に遊ばせるというのが今回の依頼である。

 だからパレードが森を走るのは、それはそれでかまわない。

 ただし依頼には、戦闘もさせるとあった。だからパレードを魔獣と戦わせなくてはならないのだが、この魔獣はひたすら森の奥に進んでゆく。さきほど一度立ち止まって餌を食べたが、そのあとはただただ走っているだけだ。

 レカンはいきなり速度を上げて、パレードの前に回り込み、進路をふさいだ。こんな森のなかで長腕猿より速く走れるのだから、レカンの身のこなしは普通ではない。

 レカンは腕利きの冒険者なのだ。そして〈立体知覚〉というスキルを持っている。そのスキルと高い身体能力のおかげで、こんな森のなかでも素早く移動することができるのだ。

 ちなみに、朝ドニの家を出発したときには、パレードの餌が入った大きな袋をかついでいたが、それは〈収納〉にしまってある。

「おい。どこまで行く気だ」

 パレードがレカンの右をすり抜けようとする。

 レカンはすっと移動してパレードの通り道をふさいだ。

 今度は左を抜けようとした。

 またもレカンは素早く移動して通り道をふさぐ。

「ぐうあおおおおうっ」

 パレードが肩を怒らせて伸び上がり、牙を剝きだして威嚇してきた。

 こういう姿勢を取ると、レカンよりも身長が高い。パレードは強力な魔獣だ。すさまじい迫力である。

 だがレカンはいささかもひるまない。

 ひるむどころか、残された右目を、くわっとみひらいて、パレードに闘気をたたきつけた。

 思わずパレードが後ずさる。

 レカンはますます闘気をふくらませる。

 パレードはおびえた目になり、体を縮ませた。

 なおも容赦なく、レカンがにらみつける。

 パレードは、長い両腕を頭に巻き付けるようにして、悲しそうな目でレカンをみつめた。

 それでもレカンは闘気を静めず、圧倒的な武威でパレードを威圧する。

 もはやパレードは頭を完全に隠し、レカンに尻をみせて地に這いつくばっている。降参のポーズだ。

(どっちの世界でも猿は猿だな)

 レカンは右足でパレードの背中を踏んだ。

 この瞬間、二人の上下関係は確定したのである。


 2


 この日は早めにドニのところに帰った。

 ドニに問いたださねばならないことがあったからだ。

 案の定、パレードに運動させるという依頼はみせかけのもので、パレードには森の奥深くに逃げるよう、ドニは指示を与えていたのだ。それは、パレードに命懸けの戦いなどさせたくないからだという。

 ことは領主の館の護衛を、長腕猿と木狼のどちらがするか、という問題だった。

 ヴォーカ領主が支配する村のうち、ルモイ村では長腕猿を調教しており、パーツ村では木狼を調教している。

 ここのところずっとヴォーカの町にある領主館の護衛は木狼だった。ところが領主の気まぐれなのか、昔のように長腕猿と木狼を戦わせ、勝ったほうを護衛とするということになった。

 ドニとしては可愛い猿にそんな戦いなどさせたくないので、代表選手であるパレードを逃がすことにしたのだ。

 もちろんそんなことで戦いをなくすることはできないし、逃げたパレードもいつかは帰ってこなければならないのだから、これは浅はかな考えというほかない。

 レカンは、ドニと話し合い、戦いに備えてパレードを訓練するという仕事を引き受けたのだった。


 3


 というわけで今日は戦闘訓練のために森に来た。

 レカンは〈生命感知〉の能力で周囲を調べた。

 いる。

 数多くの魔獣がいる。

 小手調べに、ごく小型の敵を選んだ。

「来い。こっちだ」

「ぶるう?」

 短い移動で目標に遭遇した。

「戦え」

「ぶるるう?」

 パレードが首をかしげている。

 目の前には何もいないのだから、この反応は無理もない。

風よ(ウィゼル)

 上方の木の枝にいた一匹の小さな魔獣が、突風に吹かれて落ちてきて、レカンとパレードのあいだに墜落した。

 すぐに身を起こしたそれは、小さなこどもほどの大きさの魔獣だ。黒目がくりくりとしていて、上顎に生えた二本の牙は、湾曲しつつ下方に伸びている。ひどく尻尾が大きい。

 小さな魔獣は、まずパレードをみて、次にレカンをみた。

 逃げようとはしない。逃げられないことはわかっているのだ。

 パレードは無表情に小さな魔獣をみおろしている。

「やれ」

 レカンの声にうながされて、パレードは右手を伸ばした。

 そして小さな魔獣の頭をなでた。

 最初はびくっと反応した小さな魔獣は、されるがままになっている。

 しばらくなでたあと、パレードはうなり声を上げた。

「ぐるう。るる」

 小さな魔獣が答えた。

「きゅる? くきゅっ?」

 パレードが小さくうなずいた。

 小さな魔獣は、くるりと向きを変え、森の奥に去っていった。

 パレードはそれをみおくっている。

「おいこら」

 レカンはこぶしでパレードの頭を打ちすえた。

 がくんと頭が揺れ、パレードは怒ったような、困ったような表情で振り向いてレカンをにらんだ。

「誰が仲よくしろと言った。オレは戦えと言ったんだ」

「ぶるぶる?」


 4


 たぶん相手があまりに弱すぎた。

 次はもう少し手応えのある相手を探そう、とレカンは思った。

 〈生命感知〉で魔獣の気配を探り、さらに〈立体知覚〉で詳細を調べた。

「お。いいのがいた」

 鼻曲(バンブー)だ。レカンにはなじみの深い魔獣である。

「お前、ここで待ってろ」

「ぶるう?」

 レカンは鼻曲の近くに移動した。レカンの臭いを嗅いだ鼻曲は、レカンを襲うべく突進してくる。その鼻曲を、レカンはパレードのいる場所に誘導した。

 そしてパレードのいる場所の直前で、レカンは真上に跳躍した。

「〈風よ〉! 〈風よ〉!」

 高い木の上の枝に飛び乗って、下の様子をみた。

 鼻曲はまっすぐにパレードに突進した。

 パレードは長い両の手を前に突き出し、跳びかかってくる鼻曲を受け止めると、斜め上に投げ飛ばした。

(ほう)

(やるな)

 普通の木狼よりは大きいぐらいの鼻曲だったが、パレードはまったく恐れていなかった。相手の突進を受け止めた腕力も、投げ飛ばした勝負勘も、なかなかのものだ。

(こいつ。鍛えれば強くなる)

 投げ飛ばされた鼻曲は大木の幹に激突し、悲鳴を上げて落下した。

 起き上がることができず、痙攣している。

 追撃のチャンスなのに、パレードは動こうとしない。

 レカンは地上に降りて、パレードの様子をみた。

 右腕に傷を負って、少し血が出ている。先ほどの激突で、鼻曲の牙にやられたのだろう。

 傷の手当てをしてやろうかと思ったが、やめた。

 本番の勝負では、パレードは二頭の木狼を相手に戦わなくてはならない。木狼はヴォーカの町では珍しくないので、レカンは標準的な木狼の大きさをしっているし、およその強さも見当はつく。

 しかし今度の勝負に出てくる木狼は格別に強い木狼であるはずだ。

 パレードが標準的な長腕猿四匹分の体躯を持っているように、今度戦う木狼は、標準の四倍の大きさと四倍の強さを持っているかもしれない。それが二頭となれば、傷を負ったまま戦わねばならない場面もあるだろう。

 そう考えて、傷を負ったパレードに、この日さらに二頭の魔獣と戦わせた。


 5


 五日間で三十回ほど戦わせた。

 いずれもレカンが対戦相手を引っ張ってきてパレードと戦わせた。

 パレードのほうから戦闘に入ったことは一度もない。

 何度もレカンはパレードに相手のところに行って戦うよう命じたのだが、言うことを聞かない。

 もっともレカンは獣を使役する方法は知らないし、パレードに人間の言葉が通じるわけもないのだから、これはしかたのないところでもある。

 それでもよかった。

 本番の戦いでは、あちらから攻撃してきてくれるだろう。

 どうしても受け身の戦いになってしまうが、それならそれでいい。

 むしろ得意な戦い方を磨いたほうがいい。短い時間のなかでの訓練なのだ。万能型の戦士を育てるひまはない。

 最初はあまり反応がよくなかったパレードだが、襲いかかる敵をうまくいなしたり、攻撃をかわすすべを覚えていったりした。

 もともと力はあるし、目もいいし、意外に動作は素早い。そして長腕猿というのはとにかく器用な魔獣だ。もしかしたら武器の使い方も覚えられるかもしれない。今回はそういう訓練はしないが。

 それと物おじしないのがいい。

 かなり強力な相手もぶつけてみたが、パレードはひるまない。相手の威嚇にもおびえず、冷静に攻撃をかわしている。そして隙をみて反撃する。レカンの狙い通り、パレードはぐんぐん戦闘力を上げた。

 それはいいのだが、一つだけ問題がある。

 殺さないのだ。

 パレードは敵を殺さない。相手がこちらを攻撃しようとするかぎり、手厳しい反撃を加えはするが、敵が戦闘能力を失うか、あるいは失ったふりをしていると、それ以上追撃しない。

(そんな甘いことで勝負に勝てるわけがない)

(明日はそこだな)


 6


 六日目には、かなりの強敵と戦わせた。

 だが特訓のかいあって、パレードは相手の攻撃パターンを読み、傷を受けないように戦闘を続け、相手の隙をついてつかまえて投げ飛ばした。

 三度目に投げ飛ばしたときには相手の頭が岩にぶつかった。

(お)

(うまいぞ)

 そのままパレードは、横たわって痙攣する相手をみている。

「追撃しろ」

 レカンは命じた。

 だが、パレードは動かない。

「殺せ」

 その言葉の意味がわかったわけではないだろうが、パレードは首を回してじっとレカンの目をみつめた。

 レカンは相手の魔獣の近くに歩み寄り、爪で攻撃するしぐさをしてみせた。

「さあ、やれ」

 のそり、とパレードが動いた。

 だがパレードは、レカンの予想もしなかった行動に出た。

 なんとパレードは、相手の魔獣とレカンのあいだに立ち、大きく両腕を開いて、レカンに相対したのだ。

「殺させない、とお前は言っているのか?」

 レカンは目に力を込めた。

「その魔獣をオレに殺させない、とお前は言っているのか?」

 パレードは真剣なまなざしでレカンをみつめている。

 レカンはパレードをにらむ右目に、殺気をそそいだ。

「そこをどけ! オレが殺しの見本をみせてやる」

 パレードは動かなかった。

 体中を緊張させ、レカンの前で踏みとどまっている。

 初日のパレードなら、これだけの闘気をぶつけられたら、縮こまってぶるぶる震えるだけだったろう。だが今日はちがう。今日はおびえながらもあとに引かず、レカンと向き合っている。

 しばらく、緊迫のにらみ合いがつづいた。

「ふっ」

 レカンは殺気をゆるめた。

「ふおっ」

 パレードも息を吐きだした。怖かったのだろう。

「ふふ。生意気に。お前、魔獣のくせに、不殺の誓いでも立ててるのか?」

 パレードが小首をかしげる。レカンが何を話しているのかわからないのだ。

「不殺の魔獣か。笑わせてくれる」

 だが考えてみれば、木狼を殺さなければならないわけではない。勝負に勝ちさえすればいいのだ。相手を戦闘不能に追い込めばそれでいい。

 それよりも、レカンの強大な殺気に耐えきれるほどになったのだ。そのことのほうが重要だ。もはやどんな強力な木狼と戦っても、パレードが臆することはないだろう。

「よかろう。殺したくないなら殺さなくていい。だが、負けることは許さん。わかったか」

「ぶるふう」

 パレードがうなずいた。まるでレカンの言うことがわかったかのように。


 7


 それから十日目まで、つまり時間切れぎりぎりまで、レカンはパレードを鍛えた。狼や猪の系統の魔獣を中心に、攻撃力の高そうな相手を、二頭ないし三頭呼び込んで戦わせた。

 最初は複数の敵と戦うのにとまどって傷を受けていたが、段々に慣れて、敵に敵をぶつけたり、敵の体をつかんで別の敵の攻撃を防いだりすることができるようになった。

 調子に乗って、ちょっと鍛えすぎたかもしれない。

 もともとパレードの潜在的戦闘力は高い。特に腕力の強さ、腕の太さ、長さ、硬さは驚異的だ。まともに殴られたら、レカンでも大きなダメージを受ける。ちょっと強い程度の木狼なら、一撃で死ぬかもしれない。がまあ、それならそれでいい。

「よし。これなら大丈夫だ。どんな木狼が出てきても、お前なら勝てる」

「ぶるう」

「お前が傷つかずに勝てば、ドニも喜ぶ。ドニの商売もうまくいく。頑張れよ」

「ぶるふう!」

 任せておけ、と言っているように聞こえた。


(了)

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― 新着の感想 ―
[一言] 本編だと長手猿といえばもっぱらジェリコとユリーカという出自が普通じゃない長手猿(擬態)の描写が主でしたが 普通の長手猿もこの話見ると結構賢い感じですね、パレードが特に賢い個体ってのもありそう…
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