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アマランサスの花  作者: 虹色写真
一章 ~魔獣の城~
5/8

#5手放したもの

 ここローラシア共和国は、世界の屋根と呼ばれ、大陸の東西にまたがるカリーナ山脈の中でも最高峰の霊峰アストロンのふもとの平原に存在した。年間を通して澄んだ雪どけ水が王国領を流れていて、麦や芋などの穀物栽培、羊や牛の牧畜が行われており、沿岸部では葡萄栽培が盛んで、国では非常に美味な酒も飲める豊かな土地。


 そんな国のとある一日。


 季節は夏交じりの秋。寒くなったりまだ暑かったりと繰り返していた今日この頃。晴れ渡る空へ金属がぶつかり合う甲高く鋭い音が昇ってゆく。出どころを推測するに、城塞の内の、三段階ある街の二段目の、騎士団の宿舎の敷地内の訓練所からだろうか。

 剣の稽古のモノだろうその音は最近よく聞こえる。夏から秋にかけては養成所を出て騎士団へ入る新兵が多くなる時期なので、教官か騎士の誰かがその相手をすることもまた頻繁にあった。

 音は一定の旋律を刻んで繰り返されているのだが、遠くで聞いているだけでもその不利有利は歴然だった。剣の音は一方通行で、よく耳をすませば苦し紛れの反撃の音も聞こえるが、変な体制で打ったのか、はたまた無いはずの隙を突いたのか甲高さに欠けている。それからすぐ音は聞こえなくなった。それでも今回の相手はなかなか検討した方ではないだろうか。

 そんな下らない推測と云う名の妄想を膨らませている私は何処にいるかというと、騎士団の所有する書庫に静かに座って本を読んでいる。稽古の音が騒音とは思わなくなるぐらい、ここには通いつめている。

 いつもは本の内容に集中して自分の世界に閉じ籠っているのだが、今日は彼女の稽古を受けた誰かの検討称えてその顔を拝んでやろうと本から目を離し、立ち上がって一番近くの窓の外の芝の庭を見た。

 目を細める。稽古をしていたのは案の定義妹のソフィアと今季新しく入団したらしい新兵だった。息を切らした様子も汗をかいた様子も無い彼女は、芝に仰向けに倒れた青年の手を取って引っ張り起こす。その青年というのは、かわいそうに、稽古用のなまくらの剣で打たれたのか体のあちこちを(さす)っている。

 二人が、周りで見ていた教官を交えて雑談を始めたのを見ていると、ふとソフィアがこちらを向いた。三階建ての建物から窓も開けずに、まして声も出さずに傍観していただけなのに目が合った。

 ソフィアは初めからここに自分がいることを知っていたようだ。私は彼女に見せつけられたような気分がして嫌気が差す。自分の強さを?否、彼女らしく言うのであれば剣を振ることの楽しさ、とかだろう。もちろんそんなものは微塵も感じないが、彼女の「どうだ」という顔はただただ不愉快だった。

 そんな面持ちのソフィアを無視して再び書庫の椅子に座りなおすと、読んでいた本に目を落として読書の続きを開始した。


「君、本当は養成所を次席で出たんだろう?」


 しかし運悪く、私と外の剣士とのやり取りを見ていたらしい人が声をかけてきたので読書の続きはさせてもらえなかった。

声をかけてきたのは同じ時期に騎士団に入団した彼の名前は、


「アルト君か。何の用?」

「私の質問中だ。お前は騎士団に入っていながら剣を持つことをあきらめた。そうだな?」


 王国の位の高い貴族が消えたことでやっと押しあがれた、まだ使える農地を持っているだけの落ちぶれた辺境貴族の生まれだからか、口調にどこか自分の言うことを何でも聞かせようという驕りが見られるのがこの男の特徴で致命的な短所だった。

 しかしそんなことをおくびにも出さず当たり障りのない答えを出す。


「諦めたんじゃない、預けたんだ。ソフィアにね。身の回りにああいう化け物じみた才能を持った人がいると鍛えるのも馬鹿馬鹿しくなってしまってね。彼女なら私の分もこの国を救ってくれることだろうから今は高みの見物しているのさ」

「なるほど、確かにそんな言い訳で納得してしまう強さを持つのがあの女の恐ろしいところだ。しかし、いくらお前が臆病者でもたかが夜勤の門番なぞにはまる器ではないだろう」

「ほう!まさかアルト殿は(それがし)を褒めておられるので?」


 私は仰々しく言って彼をからかった。しかし彼には私の冗談が通じなかったようだ。


「たわけ。俺がお前を褒めるわけがないだろう。たかが平民ごときに」

「はぁ。だったら何だっての」


 アルトは鼻を鳴らして上目でにらみを利かせる。

 正直彼の言い分は痛いと思うところがあった。暴言に傷ついているのではなく、私が門番なんてものをしていることについてだ。二年前、自分には夢があるからと養親に宣言しておいて、全くその方向へ向かっていないのが今の自分であった。

 諜報部は三年前に解体されていたのだ。これはこの騎士団へ配属されてすぐに教官から知ったことだった。ないものには属すことができず、特に理由もなく門番なんて役割に所属した。(ことわざ)で例えると『懐の豆を数えている』状態なのだ。

 すると周りは次席で養成所を出た自分に手のひらを返したように「弱虫だ」、「戦場から逃げた」、「出来損ない」などと口々に悪態をつくようになった。

 というのも、人々の心の変わりようが当然に思える理由があって、魔獣が生息域を広げて村々を襲い始めてから、ローラシアの人々は人類に仇為す魔獣を人類の敵とし、一種の団結力に近いものが形成した。そうすると魔獣を殺したものや人々を守ったもの、さしては戦場で命を落としたものが祭り上げられ、より名誉なこととする風潮が暗黙に広まっていたのだった。実に簡単な計算式である。

 彼らから見たら戦場に赴くこともせず、門を上をのうのうと歩いてあくびをしている私を見たらどう思うだろうか。死ぬことが名誉だという何の疑問も持たずに言い放つ彼らはどう思うだろうか。

 彼も同様の思考で私が目障りなのだろう。


「力がありながら戦場から遠のく臆病者が目障りだと言っているのだ」

「あっそ。だったら私に近付かなければいい。君の目にはいるのは私の意思ではないのだからね」


 本に目をやりながら興味なさそうに返答した態度が気に食わなかったのかアルトは私の制服の肩を掴むと引っ張り上げた。彼は細腕だが存外弱くもない腕力はおのずと椅子を跳ね飛ばさせた。音を立てて本がひっくり返り、机の上に無造作に投げてしまったことがやや気になった。


「生意気な口を利くなよエリス。」


 人一人を片腕で持ち上げる腕力。それでも”あの女”には及ばない。それが分かってしまって、思わず私は彼に同情を覚えそうになる。


「そのつもりはないよ、アル」


 苦笑い、というよりは引きつった微笑を浮かべて否定する。

 アルトはまた強引に肩から手を離すと舌を鳴らす。そのわざとらしい演技らしさが今度はエリスの鼻についた。何というか彼は、怒り静まらぬといった感じはなく、失態を犯した子供のようにバツの悪そうな顔を浮かべたのだった。


「一つだけ貴様に言っておきたいことがある。私はな……」


 そんな噛み合わなさを感じる空気を破るように、書庫の扉が勢いよく開いた。


「はあはあ、あー疲れた~。ここって庭から遠すぎなーい?ってあれ?お取込み中だった?」


 扉を開けたのはソフィア・フュール。私の義妹で先ほど庭で新兵を圧倒していた女性だ。容姿端麗の女性としてはやや高い身長。はしばみ色の瞳と猛禽類のように鋭い目じりが印象的で、騎士装束を身にまとった彼女が稽古でも切らせなかった息を切らせて書庫の静謐を破った。


「ふん」


 ソフィアを見るとアルトは不機嫌を思い出したように嫌な顔をしてから書庫から出ていった。両開きの扉で息を切らす彼女の横をすり抜けるように体を横を向けて、布一枚かすらないように出ていった。


「何だったの、彼。」

「知らない」

 

 残されたエリスは掴まれた肩についたしわを伸ばしてから椅子を元に戻す。投げ出された本を折り目などがついていないか一枚一枚確認してから読書の体制に入った。

 さっきから全く進んでいないその本は私にとっては他人との壁のつもりでもあった。でも、そんな「本を読んでいる人を邪魔しちゃ悪い」といった気遣いはできる相手ではない。ソフィアは迷いなく私の目の前の席に座った。


「…何見てるのよ」

「んー?エリスはエリスだなぁって思ってたの」

「どういう意味だ。いつもに増して気持ち悪い。」


 ねっとりと一挙動一挙動をなめるように観察する視線に負けて、私は活字から目だけを動かしてソフィアを見た。

 私の嫌がる顔を見て彼女は笑った。それは二年前では見せてくれなかった、今でも新鮮味を覚える彼女らしくもない愛らしい表情だった。


「・・・お父さんから手紙が来てたわよ」

「どっち宛ての?」

「私に、私たち宛ての手紙が届いたの」

「ふーん」

「貴方が手紙をもらっても返事しないからじゃない。心配してるわよ」

「そりゃあね、貴女に二人分送りつけるぐらいだからね」

「分かってるならなんで返事出してあげないのよ」

「話すことないから。一言で終わらせるなら紙の無駄でしょ?」


 実際宿舎から養親の家までの距離はそう離れていずに、行こうと思えばすぐだし来ようと思えばすぐなのだが我々は手紙と云う機能を使用している。気遣い癖がある養母が自分たちが来ることでこちらの生活の邪魔にならないようにと考えてくれたのだろうが、どっちにしろ私にとっては面倒であることには変わりなかった。


「無駄が嫌なら無駄な心配をさせないの。あなた、隣にいてもなに考えてるか読みづらいのに心配するなという方が無理だわ」


 自分でもその自覚はある。むしろ読みずらいと言われるのは本望でもあるのが今の自分だ。


「そりゃどうも」

「誉めてない。もしかして、お母さんたちがエリーが門番になったことを知らないとでも思ってる?いうのが恥ずかしいから何て言うんじゃないよね」

「いや。どうせソフィーが全部こっちの話は話してしまってるだろうなとは思ってたけど。話した?」


ソフィーは首肯する


「いつ」

「配属された週の手紙」

「大分前だな…。何か言ってた?」

「そんなに気になるなら返事書けばいいのに」

「それは、なんかヤダ」

「全くもう。子供じゃないんだから、ヤダとか言わない」

「そんなこと言われる筋合いもない」


 彼女はよくこんなしゃべり方をする。きつくはないけど、親のような押さえつけるような言い方をする。私はそれが気に入らなかった。

 私は本を閉じると元あった場所に本を戻して席には戻らず書庫の扉に向かった。


「なんだ。もう戻っちゃうの?」

「ここにいるとまた誰かに読書の邪魔される気がするし今日はもういいや」

「そう、ならさ。最後に一ついい?」

「何さ、急に改まって」


 ソフィアは椅子に座ったまま背もたれに肘を乗せて振り返り、やや声の調子を落として問いかける。確かそれは答えの知らない問いかけというよりは、単に確認事項を読み上げるようだった。


「もう、戻ってこないんだよね」

「ああ。もうあんたとは並ばない」

「…そっか」


 そう。もう彼女とは並ばない。並ぶ必要がないのだから、努力をするだけ無駄で、また努力というものの力を信じるほど夢見る齢でもない。

 自室に戻ろう。そして夜に向けて眠ろう。夢を見よう。あの高い高い空の、溺れるような夢を見よう。

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