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アマランサスの花  作者: 虹色写真
序幕 ~十五の夏~
3/8

#3火照りを冷ますのは

 そんなに時間はたっていなかったはずだ。なんせ魚を二口しかつまんで無いのだし。

 でも、それから大分間があったように思ったので、やっと義父(とう)さんの顔を見た。・・・あれはなんていうんだろうな。怒っているのかただの驚愕なのか、何ともつかない表情をしわの増えた老年の顔に浮かべている。文句が無いならそれに越したことはないとしても、さすがに無反応と言うのは妙に不安にさせるもので、ついこちらから口火をきってしまった。


「聞いてた?」

「あ、ああ、聞いていたとも。だがなエリス。なんでそんなことを考えたんだ?いや、それよりもなぜ諜報部へ?」


 義父さんはびくりと体を震わせた。ちょうど、寝ている時に頬を叩いて起こされたようにだ。

 諜報部。その名の通り諜報をする部署のことだ。ローラシアの国民ならその存在を知らないものはいない程有名な部署なのだが、その実態は謎に包まれている。

 噂では、魔獣に襲われ壊滅寸前の国が増えたことで、その主な役割りだった『他国の監視』という役目が減り、組織は解体されたのだと言う人もいる。しかし諜報部は、その役目が減ったのは確かでも存在はしている。

 何より、元騎士団長である義父さんに「卒業後は諜報部に所属したい」と言ったときに、それはただの噂話だと笑い飛ばさず、箸で摘み上げた魚の付け合わせの豆を落とすぐらい狼狽えさせるなら存在は事実だ。

 『元』だとはいえ、まだ義父が国の人物と繋がっていることをエリスは知っていたのだ。(半ばかまをかけたともいえるが。)


「なんでって・・・やだ、言いたくない。」

「お前のことだ。考えなしに言っているわけではないだろうが、父さんは賛成しない」

「・・・知ってる。」

「お前はあれがどんなところか分かってない。主席で学校を卒業していくような場所じゃなないんだぞ」


 義父さんはすっかり酔いがさめてしまったのか想像通りの正論で未来から突き放そうとしてくる。


「わかってる。でも決めたことだから。それに・・・。」

「お父さん。主席はコッチ」


 言い終わらないうちに白米をかっ喰らっていたはずのソフィアが顔を上げて口を開いた。その左手は嫌味ったらしくゆらゆらと自分を指さしているのを目にして、音にしない舌打ちをした。


「んん~。厳密に言えばそうだろうがな。しかし・・・。」


 義父さんはついに唸りながら腕を組んでしまう。

 やめてくれ。正論を言うのならせめてそれを突き通してほしいものだ。そんな風に黙われてしまうとまるで「一番でないと価値がない」と云っているようなものではないか。

 少し、不愉快だ。それが結果だから。言い訳できない事実だから尚のこと。


「やっぱりね。そうだろうと思った」


 試験の結果なんてみていない。本当だ。でも、試験を受けたんだから結果ぐらい想像がついている。筆記試験では自分が一位のはずだった。しかしその時点でほぼ同着のソフィアが実技で自分以上の結果を出せば総合点は変わる。

 おそらく完敗。あの脳筋のことだから、実技の方で悔しがる気さえ起きない点で二位との差を開けたのだろう。だから義父さんも諜報なんて得体のしれない仕事は否定的でも騎士になれとは一言も言わない。

 最高がそこにあるのに、その劣化品を売ったりはしない鍛冶屋のように。


「いいよ。義父さんが考えることじゃない。これからはこの家を離れることになるんだし、迷惑はかけないって。それともなに?自分の立派な子供たちを自慢したくて育てたのにきたのに汚れ仕事をさせるのが不満?いい拾い物なのに残念がってるの?」

「こらエリスッ!!!」


 半ば自棄だった。しかし今まで黙って聞いていたお義母さんが狂的に思える声をあげたことで冷静さを取り戻した。自分の言った過ちにはすぐに気づいて口を押える。


「ごめん、なさい・・・。」

「食べ終わったなら食器をさげて部屋に戻ってなさい。いいわね?」

「・・・はい」


 義母さんが言うとおり空になった皿を台所の流しまで持っていくと無言で階段を上っていった。テーブルを横切るときなんだか恐ろしくなって義父さんの顔を見られなかった。こんな怒られ方をしたのはこの家に来てから初めてで、戸惑っていたのだ。この家からようやく出れるというところで、ずっと抱え込んでいた愚痴をこぼしてしまうなんてらしくもない。緩み過ぎだろうと自分に言い聞かせて反省する。今のは必要ない険悪だった。


「ああもう」


 2階への急な階段を登りながら舌打ちをする。

 少し、いや大分堪えるものだ。失敗した。

 部屋に戻ってくるともう眠ってしまおうかと思って寝台の上に腰かける。

 エリスは癖で頁が少なくなった日記を枕の下から取り出した。

 別段、今思い出したいことが描いてある訳ではないのだか、何故かそこに答えを探してしまった。


「やめた。」


 やめた。悲観にこもるのも罪悪感を背負うのもやめよう。義母さんには部屋に戻っていろと言われたけど、なんだか胸がざわつく。

 日記を枕の下にしまってから再び立ち上がった。

 寝台の下に手を入れて履きつぶした古い靴を取り出す。昔履いていた靴だがまだ履ける。こういうとき用に捨てずに部屋に持ち込んでいたのだ。

 靴を履くと、窓を開けて椅子、机へ上り、それから慣れた手つきで窓枠を超えて屋根へ上ると、久方ぶりの夜の散歩に出かけた。



**********



 今日は満月で空は明るい。星が見えるかと期待したのに残念だ。

 あれが太陽ならポカポカと暖かな陽気で心地よかっただろうけど、あれは月である。雲がないせいか気温は低く、風が吹けば肌寒さに鳥肌が立つ。


「毛布でも持ってくればよかったかな・・・。いや、それだと目立つか」


 目立ちたくない。いっそ今は風に転がる木葉か何かが羨ましい。

 一人になりたい。それをより実感できる方が今はいい。まあ、屋根の上を一人で歩く変質者に声をかける偏屈物はいないだろう。その上、この国の人間は自分のことに精いっぱいで、夜に星を求めて上を見たりしないのだ。

 かつての王都で革命が起きてから12年。金を溜め込んでいた王や貴族が消えて少しは民衆の顔に暖かみが戻るかと思われたが、今でも彼らの表情はどこか暗い影をはらんでいる。

 自業自得と言えばそうさ。

 魔獣に貿易線を破壊されて、国の物資がやせ細ったことを王と貴族たちのせいだとして、その一切合切を断頭台に登らせたとしても途端に暮らしが裕福になる訳じゃない。

 諸悪の根源は魔獣だとようやく気付いた彼らは、革命の後にできた軍という新しい組織を用いて防衛戦を張り、国内では人材育成に努め始めたが、 果たして戦力となる人間がこの国を支えられるだけ人数いるのかほとほと疑問である。

 彼らのやっていることが本当に意味があるのだろうかと、齢15にして考えさせてしまうのがここローラシア共和国だ。


「にしても寒いな。」


 どうやら気温は人の期待を何と思っているのかどんどん下がっている。知らず知らずのうちに腕を組んでからだが震えだしている始末だ。


「次で降りるか」


 降りるとは屋根からという意味だ。というのも、長く繋がっている二階建ての長屋もある長さになると隙間が作られているのだ。人が通れるが狭く、二階建て分の壁が左右にあるため昼間でも光は届かないし風すら吹き込まない。その狭い路地は国中に張り巡らされているので場合によっては近道になることもあるが、そこに単純な直線なんてない。狭い区域に敷き詰められた長屋によって、その路地も血管のように入り組んでおり、出ることだけですら困難を極める。あれを道と考えない方が賢明だ。

 

 そこなら少しは温かいだろう。家以外ならば。


 路地裏の上にたどり着くとまずは上から覗いてみる。月明かりに慣れてしまうと真下に見える路地裏は地面まで見えない。なんなら人が歩いていたとしても見えないので、運悪く押しつぶしてしまったら申し訳ない。


「よっ」


 ないとは思いつつも、人を踏みつけないことと、自分の足のことも考えて、飛び降りるときは一度向かいの平らな壁に飛び移るところから始めた。壁から足が離れそうになればまた反対側に飛び移る。それを五回くらい繰り返していると地面に足がついた。

 期待通り、そこはやや気温が高いようだ。ここは何か気分を落ち着かせるものがある。暗い静謐、湿った空気に混じった埃とカビの香り。

 振り返れば月の光が届く大通りがあるが、もちろん戻りはしない。


 目が慣れるのは早い方だ。一分もすればこの路地裏でも走ることができるくらいに視覚は回復する。ずっと屋根裏で過ごしていたせいなのか、五感は他人よりも敏感だった。そんなことで何の得があるといわれれば思いつくことなんて多くはないけど、場所によっては便利なものだ。例えばそう、路地裏とかね。

 この路地裏へ入るのは久しぶりだ。今日みたいに家にいたくないときや、単に外の空気を吸いたいときはよく来ていた。

 自分が真に安らげることができる場所はここかもしれない。他人の気配はおろか、人間の残り香すら皆無な、唯一の安息地だ。


 10年前までは家を持たない病人や家族を失った子供たちがそこら中にいたというのに、ここは静かになったものだと感心する。これもあのかつての将軍が良くも悪くも一掃したおかげか。老いも若いもみんな魔獣を殺すための捨て駒として騎士団に入れられ、刃を持たせられて死に場所を与えるというものだ。

 本当は国で団結して魔獣を打ち倒そうなどという綺麗事で塗り固められているのだが、要するにそういうことだろう。


 しかし、捨て駒になるのは自分も同じかと思うと笑みがこぼれる。


 自分が捨て駒になるという自覚はもっても、肝心な捨て駒から脱する方法は知らない。自分が殺されると知った家畜は一番みじめな死を迎えるものだ。今だ馬車の荷台の上、いつこの狭い世界から飛び出そうか延々と考えている愚かな家畜。飛び降りなければ食われるぞとびくびくしていても、馬車が止まるまでそのときが来ることはない。そんな畜生なのだった。


「これは神様のバツなのか知れないな。」そう呟いていた。

 そのとき、


『神なんていない』


 耳元でささやかれるようなその声にハッと顔を上げた。

 考え事をしているうちに誰か近くまで来ていたのか、いや目の前には不動の闇があるだけだ。振り返ってみるがやはり誰もいない。

 その代わりに時折ドシン、ドシンという振動を足の裏で感じ取っていた。振動は不定期で、抵抗を無理抑え込んでるような想像を浮かばせた。恐らく家畜がどうたらと考えていたせいだろう。

 そっと横へ手を伸ばし、長屋の外壁へ手を伸ばしてゆっくりと足を前に進める。

 歩いていた道はすぐに左へ直角に曲がっていた。どうやら謎の振動はその先から来るようで、近くまで来るとかすかな音も聞こえたが、それはドシンという乾いた音とは違い、質量のある物を水たまりに落とすような音だった。

 バシャリ…バチャリ…ドシャ。ここ最近、雨は降っていない。

 恐る恐る曲がり角から顔をのぞかせる。

 暗い。驚くほど暗い漆黒があるのだ。目の良し悪しがどうのなんて話もバカらしくなる程の、闇だ。


「なんだ…あれ」


 それでもそこには『ある』。空間にぽっかりと穴が空いた様に見えるそこには『無』ではなく『闇』があった。目に見えないそいつは決してなにも無いのではないのだ。

 鼻で、片や肌で、耳で、数多い情報が脳内に流れ込んでくる。金属臭、荒い呼吸、鼻腔を突く酸性の臭気、頬に触れては刹那の内に冷めて行くほのかな熱気が、とどく。

 怖い。その時初めて恐怖を感じたのだが、もしかしたらその感情の変化が原因だったのかもしれない。その黒は何の突拍子もなくこちらを『見た』。なぜ目も見えないのに視線が見えたのか自分自身でもわからないが全身の鳥肌が立ち、恐怖が一瞬にして倍に膨れたのを考えると間違いなくそのとき目が合った。

 逃げようなんて考えられない。足はまるで根がはった様に動かなくなってしまう。自分のすること全てが黒を刺激してするように思えて、できるのはただ相手から目を合わせていることが精いっぱいであった。叫んで助けを呼ぶなんてもってのほかだ。


 意図せず、体は死を覚悟していた。黒が行う数秒後の殺戮をただ待って…しかし予想しなかった出来事にその未来はかき消された。


 剣が落ちてきた。そう見えたものはそれは実に正確な剣の投擲だった。


「うわ!!」


 真上から垂直に『黒』命中した。地面に突き刺さる程の剣の投擲は硬い石畳をも容いに割り、粉々になった小石が路地の壁に当たって跳ね返って降ってくる。『黒』が穿たれた瞬間、張りつめていた糸もが斬られて、肺に抑え込んでいた空気が悲鳴となって発せられた。


「--------!!!!」


 その何者かの攻撃を受けた『黒』は吠えた。今までが静かだったせいか、路地に声が反響するせいか、咆哮は想像よりも大きく聞こえた。そんな中でも、深夜に路地で騒がしくして迷惑だろうななんてことを内心心配になっていた。


「やかましいな、」


 その叫び声の中で静かにつぶやく人物が現れた。その人は屋根の上から壁を使うことなく自分の『黒』をはさんだ対角線上に着地した。


「頭を狙ったのに、まだ足りないか」


 などとぼやきながらゆっくりと剣の突き刺さった黒に近づくと、厚い皮の編み上げの靴で傷口のすぐ隣を踏みつけて剣を抜いた。


「---------!!!!!!!」


 今度の叫び声は剣で貫かれた時よりも激しく怒りに満ちていた。ただ、それが剣を無遠慮に抜かれた痛みに対してではなく、体を石畳に打ち付けていた楔が抜かれたことによる反撃の合図だったと瞬間的には分からなかった。黒は地面を強くけると、長身なその人よりも高く飛び上がった。

 しかし、黒衣の人物はいたって冷静に、まるでそう動くことを知っていたかのような動きで素早く黒の下に潜り込むと、真上に位置した黒の腹を一閃、切り裂いた。今度は叫び声はなかった。


「すごい…。」

「ふう、仕事終了っと」


 その人は汗一粒浮いていない額を袖でわざとらしく拭い去り、手を払った。それが彼の一種の癖のようだった。


「大丈夫だった?そこの…あー…君。」


 それからこちらが隠れている路地の角に向き直った。今まで目も向けていなかったのでもしかしたら気が付いていないのではないかと思っていたので、突然話しかけられ心臓が飛び上がりそうになる。


「あの…」

「大丈夫、怪しいモンじゃない。魔獣なら俺が倒した。心配しなくていい。」


 彼は小動物を手招きするような声を出して手を広げた。実際、小動物と変わらない怯えようだったのだが。

 それよりも彼は今なんて言った?魔獣?ここは王都の中だぞと、内心でエリスは叫んだ。


「魔獣?」

「ああ、こいつは最近王都の周りでよく見かけるようになった個体だ。俺は古い本に出てくる名前からグールって呼んでる」

「ぐーる?」

「空も飛ばねぇしあの壁を登る事もできねぇなはずなんだが、どっかの用水路から迷い込むのか最近よく城の中に出る。まだほかにいるかもしれないからここらは危ない。今日はもう帰った方がいいぞ。ってか、それよりもなんでこんなところに?」

「親とけんかして…。前から一人になりたいときはここに来てたから」

「親とけんかねぇ。そんな齢か。とにかく路地裏には不用心に入らない方がいい。夜の街は魔獣意外でも物騒だからな。今日はたまたま俺が見つけられたが、次はそうもいかんかもしれんぞ。」


 彼は叱るように言って指を一本立てた。


「助けてくれてありがとうございました」

「なに、俺は手の届く範囲の人助けはしますよ。」

 

 彼は決め台詞と言わんばかりに片眼を(つむ)ってみせた。


「あの、一つ聞いてもいいですか。」

「ん、何?魔獣のこと?」

「いえ、そうではなく。魔獣に出会う前に声が聞こえたんです。神様なんていないって。あの声は、貴方ですか?」

「…んー、俺じゃないな。俺は耳はいい方だけど、ここらには君と俺以外いないはずだ。」

「そうですか。変なこと聞いてすいません」


 勘違いした上に「声が聞こえた」なんて非現実的なことを赤の他人に聞いてしまったことに頬が熱くなる。完全に変人だと思われたはずだ。エリスはここは暗いので顔色までは見えないことを祈って平静を保とうと努めた。

 それにしても、彼以外ではないとなるといったい誰だったのだろうと疑問が深まる。やはりただの空耳だったのだろうか。


「じゃあこれで本当にさよならだ。気ぃ付けて帰れ。真っ直ぐ帰るんだぞ。寄り道は厳禁だからな」

「え、あ、ありがとうございました」


 それだけ言い残すと、彼は手を振ると背を向けて路地の奥に歩いて行ってしまった。その通り道にあると思っていた『黒』改め、ぐーるの死体はいつの間にか消えていた。

 跡形もなく、血痕も残さず、今夜起きたことは忘れてしまえと言わんばかりに、消えていた。


「さて、そろそろ帰ろうかな」


 私は不意に立ち止まると。踵を返して帰路についた。

同じ表現が繰り返し使われてるところを見ると「ああ、自分もまだまだぼきゃぶらりぃが少ないなって感じます

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