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アマランサスの花  作者: 虹色写真
序幕 ~十五の夏~
2/8

#2冷めないうちに

 下の階に降りると食卓には料理が並んでいた。まだなにも置かれていない鍋置きがあるが台所でまだお義母さん調理中らしい。ソフィアもいないから一緒に台所なのだろうか。

 席についているのはお義父さんだけだった。本当は台所に手伝いに行くべきなのだろうけど、今日は二人に甘えよう。

 席に着くと上座に座っていたお義父さんがようやく手にしていた本から目を離してこちらに気づいた。


「おお、エリス!来たか。見てみろ今日は!母さんが腕を振るってくれたぞ。少し食べてみるか?」

「ううん、二人が来てからにする。それにしてもなんでこんなに豪華なの?今日何かあったっけ?お祭りとか」

「なんだ、試験の結果みてなかったのか」

「試験?」


 自分が疑問符付きで繰り返すと義父は額に手をあてて「あちゃー」と言った。その台詞と仕草は古臭いと思いながらも表情には出さずに話の続きを待つ。


「卒業試験の記述と実技があっただろう。その一位と二位がソフィアとエリス、君たちだったんだ」


 義父は酒が入っているせいか陽気で、まるで我が事の自慢話のように両手を広げた。いや、義父がこんなに喜ぶのは自分のことではありえないだろう。自分の

 そのせいか、失念する程度にどうでもよかった卒業試験の結果とやらが凄いことのような気がしてくるのだった。


「それはすごいや」


 しかしながら、冷静に考えるとそれは本物の吉報なのだった。

 この国ローラシアの誇る騎士団、王国の剣、ローラシア騎士団。その養成所の一位と二位なのだから、それは紛れもなく祝われるに値する功績である。


「どうした。もっと喜ばないのか」

「喜んでるしうれしいよ。光栄だとも思う。でもこれからの生活は寮生活になるからこの家から離れるんだなって思ってさ」

「なんだそんなことか。なぁにかまわんさ。たまに手紙をくれればそれでな。」

「ホント?お義父さんが親バカじゃなくてよかったよ。貴方の事だから定期的に顔を出すとか言い出しそうだから安心した」

「いや、断られなければ俺は毎日行くぞ?年は食ったが型を見せるぐらいはできるし、講師として出てやるといったらあっちから呼んでくるさ」

「ご勘弁を…」


 これが冗談抜きで可能なのだから、否定できるときにしておかなければ本当に現れそうだ。

 彼は元騎士団長である。自分が生まれる前から戦場に出ていて、ついた二つ名が王国の盾だったとか人伝に聞いたことがある。

 15年前に骸島から魔獣解き放たれた時も最前線で戦い、王国への被害を最小限に抑えたのだとか言う話を、この家に養子にとられてからというもの、家を訪ねる人々によく聞かされた。

 それ以外にも彼の功績は多々あり、元団長の名は広く知れわたっている。その名前を出せば騎士舎への無断訪問も許されてしまうだろう。

 まぁ仮に、彼が自分の名前で己のわがままを通すような男であればだが。


「あらエリス来ていたのね」

「あ、お義母さん。ごめん手伝わないで」

「いいのよ座ってて。今日はあなた達のお祝いなんだから、座ってて頂戴」

「私は働いてるけどね~」

「はいはい。助かるわソフィー」


 義父と話していると湯気が立った鍋を持って義母が台所からソフィアとともに出てきた。ソフィアはなにやら揚げられた魚の乗ったお皿をお盆に乗せて持っている。


「それ何の魚?」


我が家で出てくるのは珍しい料理に身を乗り出す。


「鯉よ。うちで出すのは久しぶりだったかしら」

「うん、これ好き」

「エリーったら、試験は忘れても自分の好物だけは覚えてるんだ」

「うっさいバカ。好きなものは好きなんだ」

「食い意地張ってるとそのうち太って動けなくなるよ。稽古でも私に勝てないのにねー」

「はぁ?」

「こら二人ともやめなさい」


 いつもの二人の口論に、いつもの義父の仲裁が入る。それを義母が優しく見守る。平和とはこういうものかと内心で思う。

 今のご時世、どんなに小さくても平和を感じることなんてまずなくなってきているから、この光景は珍しい。


 生まれたときには争いがあった。物心ついた時には火の中だった。今だって、白の外に出ればあちこちで血が流れている。

 あれからから十数年がたった。


『うちに来ないか?』って


 そう言われた時は素直にうれしかったけど、でもやっぱりまだあの本当に自分のものかも怪しいような記憶の中の自分が心の中にいるんだ。


『同じものを壊してやる』


って。



**********



「それじゃあカンパーイ!」

「カンパーイ。」

「義父さん、もう一本飲んでるし」


 すでに一本目を飲み切ろうとしていた義父は最後の一杯を器にそそぐと高々と持ち上げた。それにソフィアが続く。もちろん彼女は水だ


「たかだか学校を卒業するぐらいでこんなにしてくれなくてもよかったのに。」

「何を言っとるんだ。私たちの子が頑張ってくれたんだ。親として、これほどうれし事はない。なあ、母さん!」

「はいはい、そうですね」


 義父は酔いがすっかり回っていて地声が怒声のように大きくなっている。

 普段の冷静で沈着した性格からは想像がつかないその姿を見たことがあるのは、この国でもごくわずかかもしれない。酒を飲んで大声を出す人間は好きではないのだが、しかし、海沿いの葡萄畑が潰れ、酒の値段も少しずつだが高くなってきていて、酒というものが手に入らなくなってきているのが今の市場だ。この日のためにとっておいたのか、奮発して買ったのか、とにかく義父にとってあの酒は久しぶりのはずだから、それを止めるのはさすがに酷だと私でも思う。

 そうこうしているうちに義父は二本目の瓶を開ける。さっきよりは注ぐ量が慎重になっているところを見ると、これが最後らしい。

 正直、酔いの入った状態でこれから話すであろう内容について語りたくないものだが、やっぱり避けられそうにない。


「それで、ソフィアはこれからどうするんだ」


 始まった。話したくない内容というのはこれだ。親ならどうしても気になるところだろうが、こちらからしたらいい迷惑だ。

 何が厭かって?この問答には当たり外れがあるからだ。


「う~ん。そのまま騎士団に入るつもりでいたけど」


 事実それが正道なのだが、それを言わせてやったみたいにうなずいている義父さんの顔は気に食わない。


「そうか!ソフィーならこの国一の騎士に成れるさ。父さんのお墨付きだ、間違いない!」

「そんなことないよ。私は女だし、もっと強い人はきっといるって」

「男や女なんて関係ないさ。ソフィーほど筋のいい若者はそうそう居るもんじゃない。胸を張って鍛練なさい」


 いっそこのまま空気に溶け込んでしまいたい。断頭台に上がるのを並んで待っている気分だ。この流れなら間違いなく同じ質問をされるから、そして質問に自分が出す答えに、義父さんは間違いなくいい表情はしない。


「エリスはどうするんだ」

「…うん、そうだな」


 いっそ思いきって言ってしまおうと口を開きかけたのだが、覚悟もむなしくもごついてしまった。

 どう表現すればいいか。強いて言えばこの用意していた答えと言うのは『期待を裏切る』とか、もっと悪く言えば『恩を仇でかえす』と同義になるからだ。過程でとはいえ、結果でとはいえ、義父さんには利得がない未来を、選ぶつもりでいた。

 妹への対応を見てもわかる通り、義父さんの私へ望む答えは騎士団への入団


「ん?どうしたんだエリス」

「うん。前から決めていたんだ。諜報部に行こうと思ってる」

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