#1軽く 薄い
私の家は裕福だった。一日三食のご飯はいつも豪勢で、夢を見るベッドは沈み込むほどふかふかで、子供が感じられるすべてに幸せが満ち満ちていた。
それはお父さんが大きな船を持っていて、外の国と貿易する仕事をしていたからだ。お父さんは家にいない日が多かったけど、家にいる時には外の国の珍しいお土産を持ってきてくれたし、家を開けていた分たくさん遊んでくれたから構わない。
お母さんはまた素晴らしい女性だった。自分が悪さをしてしまっても、静かに見守っている、そんな人だった。怒らなったわけではない。それでも叱るときは声を荒立てない、とても静かなものだった。
幼い頃の記憶ではあるけどそれらの記憶は鮮明に____
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日記から顔を上げると向かいの窓に顔が映る。その顔をなぜか腫れぼったい目を浮かべてこちらを見つめていた。
次に視線を日記に落とす。大分、記憶を錯綜して書いていたと思ったのだが、見返してみるとこんなに短い文章だったのかと呆れてしまう。
何が今も覚えているだ。何が幸せだ。今の自分に、何も残らない程度の脆い過去じゃないか。
見開きの頁の右側を破り、机の上のろうそくに紙の一角をかざすと、対角に短刀を刺して、一回り大きくなった火を見つめる。黒い墨に火が付くたびに真っ白な火が青く変色するのを見逃すまいと目を凝らしてみる。この光を集めているだけで、もう少し長く日記をかけるのではないか、その光というのは過去の走馬灯の様なものなのではないかと期待はするのもの、それらはただの燃焼不全を起こしただけのなりそこないの光だった。
炎とは従順なもので、緩やかながらも真っ直ぐと上を目指して紙を燃やして、火先は一瞬で短刀まで届いた。元から大分軽くなった焦げた紙切れに着いた火は机に落ちる前に消えて、机には黒くなった灰だけが落ちる。
屋根裏は再び蝋燭一つ分の明かりに戻る。
ふぅと、ため息が不意にこぼれる。日記を燃やす火、それだけに費やした集中がプツリと切れて椅子の背もたれに体重を預ける。
同時に一階から義母の声が聞こえた。なんて言っているか聞き取りづらかったけど、まあこの時間だし夕食に呼ばれたのだろう。
「はーーい!」
返事はすると閉じた日記を枕の下にしまった。もうずいぶん軽くなってしまった日記を。