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尾行者の正体







喧騒を避けて大通りの角を曲がり路地に入ると、不意に人影が現れた。顔をあげた彼女が見たのは、濃紺の髪に金色の瞳。そこにいたのはあの日、魔女を暗闇から救い出してくれたあの男だった。



「!!!」


「****、*****!」



まずいと本能的に慌てて身を翻そうとするが、身振り手振りで逃げないでくれ、落ち着いてくれ、何もしないと言っているように見え、女は踵を返そうとした足の動きを止めた。

大恩のある彼のいる場所から逃げてきたのは自分だったが、申し訳なさからか胸がずきりと痛む。ずっと尾行してきていたのはやはり彼だったのか、という安堵の気持ちも少しあった。



「*********」



安心させるかのように微かに笑った男に、魔女は眉を顰めた。彼が自分を連れ戻しに来たことは明白だった。攻撃する意志はないようには見えるが、油断したらまた捕えられてしまうかもしれない。緊張から握っていた拳をゆっくりと開き、いつでも魔法が放てるように身構える。――もうあの地獄は味わいたくないのだ、戦争に行かせるために治療を続けるのは。



「…あなた、何がしたいの?」



警戒している女をよそに、腰に佩いていた剣を地面に落とし、右足のブーツの隙間に指を入れてそこからさらにナイフを取り出し、同じように投げ捨てた。腕の裾や腰などからも同じように色々なものを出しては地面へ放る様子を見るに、彼はどうやら武装を解除しているようだった。



「敵対心はないっていいたいの?私を連れ戻しに来たわけではない?」



さまざまな場所に仕込んでいた武器をあらかた出し終えたのか、男は両腕を広げて見せた。もう武器は持っていないということらしい。そして、そのまま魔女の脇を通り抜け、大通りへと足を進める男に、彼女は厳しい口調で質問を投げる。言葉は互いに通じないが、男は振り返るとまた微笑んだ。



「*******」


「え?」



胸に手を当て、同じ言葉を繰り返している。もしやこれは、自分の名前を名乗っているのだろうか。



「*******」


「悪いけど、私は名乗らないわよ。何されるかわからないもの」



想像した通りの魔法が使えるとわかってから、名前で他者を縛ることは容易いと知った。酒屋で夕食をとっていたら、軽薄そうな男がナンパしてきたので、あしらうために悪戯心でコップをひっくり返せと命令したら、本当にその通りになった。


害がない程度で何度か試してみたから間違いはない。どうやら自分は魔法に関してはかなりのレベルらしい。これはいわゆるチートなのでは、と思っていた。



「*******」



同じ言葉を何度も繰り返す男に、女はため息をついた。呼べばいいんでしょ、といった投げやりな気持ちで復唱する。



「じゅるりあん」


「*******」



自分で思った以上にうまく発音ができず赤面する。耳では聞き取れているのに、舌がうまく回らない。なんだかよだれが出てきそうな音になってしまった。



「*******」


「…発音難しすぎ。ジリ…ううん、ジルって呼ぶ、ジル」


「*****、**…?」


「ジル」



これで妥協してよと苦笑いすれば、男の笑みが深まる。どうやらジルというニックネームを受け入れてもらえたようだ。



「********?」



あなたは、と手のひらを向けられるが名乗るつもりはない。首を左右に振ることで否を示し、彼女は大通りへの道へ足を向けた。



「どうせついてくるんでしょ?行きましょう、ジル。あなたが私に危害を加えるつもりがないなら、一緒でもいいわ」



とりあえず今晩の宿を探さなくては。


正直なところ、この時の彼女は命の恩人である彼になら、ジルになら殺されてもいいかな、と思っていたのである。後にそれを知ったジルが激怒することになるのだが、今の彼女には知る由もない。







◆◆◆◆





安そうな宿を見て回っていると、ジルが彼女の腕を掴み、どこかへと向かい歩き出した。どう見てもあまり治安がいいとは言えない安い宿ばかりを選んで見ていたために心配になったようだ。高級とは言えないが、清潔そうで受付の女の子の笑顔が眩しい宿を、彼は選んだのだった。



「お金がないわけじゃないけど、節約したかったのに」


「******、*******」


「一晩いくらか確認もできなかったけど、あなたが全額払ってくれるの?」



部屋が空いていたのかいなかったのかはわからないが、彼は鍵を一つしかもらっていなかった。部屋に入ればベッドを指さして勧めるようなしぐさを見せてから、ソファを指さしさらに自分を指さしたところを見ると、彼はソファで寝るということなのだろう。そして決定事項なのか、やはり部屋は同じらしい。



「私に何かしたら、あなたをボコボコにして逃げるから」



ベッドに腰かけ、つんとしてそっぽを向けば、背後で彼が笑ったような吐息が聞こえた。




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