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自由の代償



言葉がわからなくてもなんとかなるものだ。そう彼女が気付いたのは、あの場所から逃げて半月ほど経った頃だった。



「これと、これください」



指をさせば売り子がニコニコしながら紙袋に入れてくれる。銅色の硬貨を2枚渡して様子を伺えば、何も言わずとも釣銭をくれる。頭はいい方ではないが、なんとなく売り物の相場がわかってきた。


あの軍隊から逃げ出してから半月。良くしてくれた恩はあったが、二度とあそこに戻るつもりはなかったので、足がつかないように転々と町を移動している。


この辺りの町では黒髪の人間がいないようで、自分が割と目立つことは自覚している。帽子を深く被って、肩まであった髪はショートカットにした。ナイフで適当に切ったので、少しガタガタだが致し方ない。その髪型も恥ずかしいので帽子は宿でしか脱がないようにしている。



「あ、いい匂い…美味しそう…」



逃亡は順調に行っていたはずだが、この町に来てから誰かに見られているような視線を感じることが多くなった。興味本位の視線とは違う、明らかに自分のことを知った上で様子を伺っているような。はっきりしたことはわからないが、この町で宿をとるのはやめた方がいいだろう。



「(森に入って、移動しよう)」



小走りになりながら、町を抜ける。木々の合間を縫うように先へ先へと進み、追手らしき人物を撒いて、移動するために魔法を使う。



「っあの人!」



姿を消す瞬間に見たのは、あの地獄から助け出してくれたあの濃紺の髪をしたあの軍人だった。救い出してくれたあの日以来、姿を見てかけていなかった。



「…あの人に、ちゃんとお礼言ってなかったな」



一気に後悔が押し寄せてくるが、もう後には引けないのだ。









◆◆◆◆




「ふざけるなっ!!!」



二度目の拳を左頬に受け、カイユザークは座っていた椅子から倒れ込んだ。覚悟をしていたとはいえ、激昂した男の拳を何度も受けるのはとても辛い。



「ジリアンさん!!落ち着いてください!」



フェルツの制止も聞かず、ジリアンは再び拳を振り上げる。人間に捕まっていたジリアンの唯一無二の番は、心も体も傷ついていた。たしかに彼女の傍を離れた自分も悪いが、何かが起きないためにカイユザークに頼んだというのに。


彼女は見張りの目をかいくぐって、逃走してしまった。ジリアンが軍に戻ってくる2日も前のことである。戻って早々に受けた親友からの謝罪に、ジリアンは怒りで目の前が真っ赤になったのである。



「言葉も通じない彼女が…どんなに心細い思いをしているか…!!」



三度目の拳を受けた後、やっとカイユザークは剣呑に口を開いた。



「言い訳をするつもりはない。俺はお前の番の意思を尊重しただけだ」


「………くそっ」



もう一発喰らわせようと振り上げた拳は空を切り、ジリアンは踵を返してその場から去った。遠巻きにそれを見ていた兵士たちは、倒れ込んだままのカイユザークを気まずそうに見やってから、各々持ち場へと戻っていく。



「カイユザーク様…」


「様などつけるな、フェルツ。…ジリアンを頼んだぞ」



殴られた頰をさすりながら、カイユザークはゆっくりと起き上がる。心配だったが大事ないと判断し、フェルツはゆっくりと一礼すると、いなくなってしまったジリアンを足早に追いかけていく。



「…悪いな、ジリアン」



親友に向けられた謝罪は、誰の耳に届くことなく夜の闇にとけた。






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