親友の頼み
「カイユザーク、頼みがある」
天幕の外れ、中の喧騒が聞こえるそこで、片膝を抱えて座っていた男に、ジリアンは声を掛けた。陣の中心では兵士たちが食事をとっており、その騒がしさのせいで側に居る互いの声すら聞こえにくい。密談をするには丁度良い場所だった。
「盲目で役立たずのオレに、何を頼む気だ?」
茶色の前髪から覗く金色の瞳は暗く濁っており、光を通さない。彼が三年前に失ったものは多い。ーー視力もそのひとつだ。
「番のことを」
カイユザークと呼ばれた男は、ジリアンのその言葉に眉を顰めた。
「番…?おまえの、番だと…?」
カイユザークとジリアンは幼馴染みである。幼い頃から共に学び、共に笑いあい、共に生きてきた。しかし、若い時分に番と巡り合った自分とは違い、この幼馴染みは成竜となってから今日に至るまで、番に出逢うことがなく、もう半ば諦めていた。ーーああ、ついに出逢うことができたのか。
「私はしばらく陣から離れる。ーー今の彼女には生きようとする気力が皆無だ。殺されそうになっても抵抗しないだろう」
「まさか… おまえの番が…あの魔女!?」
竜人が人間を番とするのとは稀にある。しかし、人間は竜人を恐れる生き物である。よりによって、同胞を大量に屠った魔女が番とは。
「……奴らに報復を」
番のことになると竜人は頭に血がのぼりやすくなる。特に、番至上主義とも揶揄される男の竜人は、番に仇なすものを赦さない。
愛しい女を殺戮兵器とされたジリアンが立腹するのは最もだ。同じく番を持つ者として、彼の意思を止めることはできない。ーーたとえ、数千人の敵陣に突っ込もうとしていても。
「しかし、なぜオレに。フェルツはどうした」
「できれば彼女の傍に置いていきたい……が、ザリエル将軍が許さんだろう」
フェルツはジリアンが信頼する部下であり、家族でもある。血が繋がっているわけではないが、とても信頼の置ける者だ。そして、ザリエル将軍とは、現在この軍の指揮官であり、ジリアンの上司。厳格な男が私情でそれを許してくれるとは思わない。
「カイユ」
「……親友の頼みなら仕方ない。だが、あの女は竜族の仇でもある。必ず守りきるとは約束できない」
あの魔女にたくさんの同胞が、友人が殺された。いくら親友の番とはいえ、仇をとろうとする同胞を無慈悲に返り討ちにはできない。
「…四六時中傍にいなくていい。お前が気に掛けている、というだけで他の者が手を出しにくくなるからな」
意味深長なその言葉に、何か言いたげに口を開きかけたカイユザークだったが、不愉快そうに口を噤んだ。
「………10日後の日の出までに戻らなければ、あとはフェルツに任せてある」
「…日の出までには必ず戻ってこい。でなければ、俺がお前の番をどうにかしてしまうかもしれない」
冗談なのか判断のつかないその一言に、一瞬だけジリアンから放たれた殺気を物ともせず、カイユザークは再び背を向けて座り直した。
「…頼んだぞ、友よ」
兄のような弟のようなーー親友に唯一無二の番のことを頼み、ジリアンは死地へと向かっていった。