バレンツとフェルツ
稀にだが、番を亡くした竜人が育児を放棄することがある。番を亡くした場合、その忘れ形見である子に愛情を一心に注ぐのだが、それすらできずに心が壊れてしまう者がいるのだ。子がいない場合は、大抵は番の後を追って命を絶つのが常だった。
バレンツとフェルツの父親は妻を亡くした後、しばらくすると幼い二人を残して姿を消してしまった。死んでいるのか生きているのかさえわからないが、恐らくもうこの世にはいないのだろう。
近所に住んでいたジルは、数日間、誰の姿も見えず出入りもないことを心配して、彼らの家を覗きに行ったらしい。窓の外から見たのは、衰弱しきった幼い双子だった。
それから二人はジルの家に引き取られ、彼の父母に実子と分け隔てなく育てられたそうだ。
「ジリアンさんは僕らにとって兄であり、命の恩人なんです」
「そうだったんだ…」
ジルのことを大事に想っている二人との絆は、そこから来ているそうだ。ジルの両親が亡くなってからも、彼らは家族として一緒に暮らしている。フェルツは仕事側の補佐、バレンツは私生活側の補佐として。
「そういえば…ジルも弟が二人いるって前に言ってた。フェルツとバレンツのことだとは思わなかったな」
兄弟の話をしたときに、両親は他界しているが弟がいると言っていた。あれは一緒に旅をしていた時だったか。
「自分よりしっかりしてる弟たちだって自慢してた」
くすくす笑いながら言えば、バレンツの耳が赤くなった。
兄である彼は割と感情を素直に出すタイプだ。自分ではクールに振る舞っているようだが、意外とわかりやすい性格をしている。
その点フェルツは軍人ということもあるのか、常ににこやかで腹の内が読めないところがある。とはいっても、腹黒いわけではなく感情の抑えどころをわかっているというべきか。
「ジルの弟なら、私にとっても義弟かな」
「そうであれば…とてもうれしいです」
共に苦難を乗り越えてきた彼らは、楓にとってももう家族だろう。
◆◆
「竜人の双子には番が現れないと言われている」
「?」
ベッドに入ってから眠るまでの間、兄弟の話をしていた楓にジルがそう言った。二人に番はいないのかと遠回しに聞いたせいだろう。この手の話題はとてもナイーブなので、あまり本人に聞かない方がいいと以前聞いていた。
「理由は定かではないが、双子は魂を分け合ったせいだと言われている」
「魂を分け合った?」
本来一つで生まれるはずだった命を、双子は半分にして生まれたせいで完全体ではないというのが、この国の常識らしい。
実際、この国の歴史が始まって以来、男女ともに竜人の双子には番が現れたことがないという伝承があるそうだ。
「とはいえ、双子ではない竜人でも生きている間に、番に恵まれないこともある」
ーー自分だって楓が異世界から迷い込んでこなければ、番のいない竜人として生を終えていただろう。楓に出会うまでの百数十年は一生独り身なのだと思っていた。
「もともと生まれてくる総数が少ない双子だから、番がいないことが目につくだけなんじゃない?」
左利きは頭がいいとか言われることがある。左利きは右脳をよく使うから…とか色々あるだろうが、単純に考えれば右利きにだって頭がいい人はたくさんいるだろう。
頭がいい人が100人いたとして90人程は右利きだろう。その内10人が左利きだとして、なぜその点だけに着目するのかという話だ。
「普通に考えて…“双子だから”って運命の相手がいないなんておかしいし。まぁ、魂を半分こにしてるから【番が同じ人】ってことならわからなくもないけど…」
そういう“普通”の考えをする人物はこの竜の国にはいない。楓が異世界人だからなのかもしれないが、双子を大切に想っているジルにはその考えがとてもうれしかった。
ジルも信じているのだ。自分が番に出会えたように、二人も番と出会える日が来るのを。