ゼンフェイユの番
竜王が撤退を決めてから数日、楓は熱を出して寝込んだ。人間の国に囚われていた時はもっと魔力を酷使していたし、食事も睡眠も満足に取れていなかったが、ここまでひどく熱が出たのは初めてだった。
精神的な疲労が原因だろうと医者は言っていたので、戦争の事後処理で王都へと赴いていたジルとフェルツには、あえてそのことを知らせなかった。
やっと熱が下がったその日、王都から最果ての地へ訪ねてきた人物がいた。その人物は白い軍服ではなく、清楚な丈の長いワンピースを身に纏ったゼンフェイユだった。
楓をきちんと守れず、手当を受け足手まといになったことを謝罪し、彼女はポツリポツリと夫のことを話し始めた。ーー楓が殺した、番のことを。
「私の番は…とても臆病で気の弱い男だった」
名前はフローレンス。元々は竜王城の料理人だったらしい。甘いものを作るのがとても得意で、よく家でもスウィーツを作っていたらしい。
「軍人など向いていなかったんだが、妻が戦場に出ているのに家でのうのうと暮らしてるわけにはいかないと、駄々をこねてな」
刃物なんて包丁しか握ったことがないくせに、正義感の塊だと周りに言われるフローレンスは、剣を手に取ったのだ。
それからというもの、毎朝毎晩剣を握って素振りをし、長距離を走り込み、体力をつけていた。番であるゼンフェイユがやめるように言っても、愚直にただひたすらに。
ーーあの日、楓と対峙したあの日が、彼にとっても初陣だったそうだ。もし彼がもっと場数をこなしていたなら、戦況は大きく変わっていたのかもしれない。
「……私は、自分自身が憎いんだ」
ゼンフェイユが恨んでいるのは、番を殺した“暗黒の魔女”ではない。戦争を仕掛けてきた“人間の国”ではない。“人間”ではない。
「あの時、夫を軍人になることを許してしまった、私自身が何よりも許せない」
何が何でも諦めさせればよかったのだ。そうすれば、自分の番はきっと生きていたし、暗黒の魔女が力を揮うこともなかった。
「…っ…!!」
「…泣かせるつもりはなかった」
ポロポロと涙を零す楓に微笑みかけ、軍人らしく節くれだった指で、流れる涙を拭う。
「ジリアンに、兄や私のような思いはさせたくないんだ」
カイユザークもゼンフェイユも共に番を失っている。幼馴染であるジルには、この悲しみを味わってほしくないのだ。
「あなたは幸せになっていい」