感謝の言葉の重さ
爆発音が随分と近くなってきている。ーー医者に見放された兵士を治療する楓を、ぼんやりと見ていたゼンフェイユは、ふとそのことに気が付いた。
「戦況はどうなっている…」
ポツリと呟いたその言葉に反応したのは、地べたに座り、膝に顔を埋め蹲っていた兵士だった。
「…前線は、かなり…圧されています…」
顔半分を包帯で覆い、見えている方の目もかなり腫れている。血のにおいが立ち込めるこの場所で、一際強い香りを纏っている。ーー彼も、暗黒の魔女が治療をした患者だった。
「地面の、爆発物を…警戒して…空を飛べば…投石がきて…」
「…怪我人が増え続けるのはそのせいか」
人間たちも頭を使っているらしい。竜型になれば空を飛べる竜人は多い。地上がダメであれば、上空をという考えは甘すぎたのだろう。
「ゼ、ゼンフェイユさん、私…少し休憩を…」
力を使いすぎたのか、意識が朦朧とする。ふらふらとした足取りでやってきた楓が、ソファへと倒れ込んだ。
「しばらく眠るといい」
ゼンフェイユがそう言い終わる前に、楓は気を失ったようだった。この姿を番であるジルが見たら怒り心頭に発するだろう。
「ゼン…フェイユ…さま…あ…りがとう…と…あの方…に…」
蹲っていた兵士は最期にそう言うと、ゆっくりと瞼を閉じた。
「…ああ、必ず伝えよう」
そう言ったのは、彼が何人目だろう。数えるのが辛いくらいには、ゼンフェイユもその言葉を聞き続けている。
◆◆
「ハァ…ハァ…」
「随分息が上がっているな、ジリアン」
前線で戦う竜王は、膝に手を乗せ息を整えようとしている幼馴染みに声を掛けた。
「体力バカのおまえと、一緒にするな…!」
顔を上げる気力もないのか、地面に顔を向けたままジルが息も絶え絶えに文句を言う。
カイユザークは歴戦の勇者でも太刀打ちできないほどの体力と腕力を持っている。次期将軍と噂されるジルですら足元に及ばないだろう。そんな彼と比べられては兵士たちもたまったものではない。他者と会話をしているだけ、ジルはまだいい方だろう。兵士のほとんどが地面に座り込み、息を整えているこの状況では。
「ハァッハァッ…ご報告します!」
やっとジルの息使いが落ち着いてきた頃、後方から走ってきたのは救護所に置いていた部隊の若者だった。
「敵が後ろから急襲を仕掛けてきました!!数は…およそ300!!」
「なっ」
兵士を1部隊残しているとはいえ、救護所の守りは手薄だ。その報告を聞いて、竜王よりも先に口を開いたのはジルの方だった。
「救護所にはカエデが!!」
カイユザークが声を掛ける間も無く、ジルは走り去った。先程まで剣を持ち上げることすら辛そうにしていたというのに、番のためとなると竜人は恐ろしい力を発揮するのだ。
「ザリエル将軍、こちらはお前に任せる。そろそろ引き際だろうーー互いにな」
「はっ」
全くあいつは…と溜め息を吐きながら、カイユザークは救護所に向かって歩き出した。