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助けられない




ゼンフェイユに連れられてきたのは、怪我人が運び込まれる救護用の天幕だった。中では医師や看護師が怪我人の治療にあたって忙しなく動いている。

その天幕の奥、椅子に腰かけて俯いているのはフェルツだ。だが、その姿は常とは違い、顔や白い軍服が真っ赤に染まっており、楓の血の気がざぁっと引いた。


「フェルツ!!」


血相を変えて駆け寄ってきた楓を見て、少し驚きを見せたものの、フェルツは彼女が自分の姿に衝撃を受けていることに気付いた。そして安堵させるために淡く微笑んだ。


「僕の血ではありませんよ」


「怪我はないんだね…」


「はい、大丈夫です」


ほっとしたのもつかの間、フェルツの正面には顔が判別できないくらいの大怪我を負った人物が横たわっていた。


「惨いな…」


「…地面に爆発物が埋められていたんです」


この人物がそれを踏み、爆破を全身に浴びてしまったらしい。フェルツは彼から数メートル離れたところにいて、その光景を目撃したそうだ。


「助かる見込みはないんだな」


「はい。…最期に誰も傍にいないのは辛いと思うので」


まだ息をしているのに、手当てを受けていないのはそのせいだった。戦争をしている以上、怪我人にも優先順位がでてきてしまう。助かる見込みのない者に人手を割けるほど余裕がないのだ。


一人で逝かせるのは可哀想だと、フェルツはしばらくここに留まっていたそうだ。


「…痛みを、取ることくらいなら…できるかもしれない」


正直なところ、楓に治療して助けられる自信はなかった。顔は焼け爛れ、目や鼻がどこにあるかも判別できないくらいの怪我だ。今息をしているのが奇跡としか言いようがない。


「…ありがとうございます、カエデさん」


手を翳して、痛みがなくなるように願う。楓の手から光が溢れ、彼の体を包み込んだ。きつく握られていた拳の力が、心なしか少し弛んだ気がした。


「唇が動いているぞ」


ゼンフェイユの言葉に慌ててフェルツが、口元に耳を寄せた。遺言ならば聞いてあげたかった。しかし、唇からは声は発されず、ヒューヒューと微かに空気が漏れただけだった。――そしてそのまま、彼は息を引き取った。


「…ありがとう、と言っていたようだ」


一歩退いた場所から見ていたゼンフェイユは、唇の動きを見ていたらしい。音としては拾えなかったが、確かにありがとうと唇が動いていた。


「…お二人とも、ありがとうございました。僕は戻ります」


「う、うん、気を付けてね」


「武運を」


こくりと真剣な表情で頷いたフェルツは、一礼して足早に去って行った。


「…助けられなくて、ごめんなさい」


ゼンフェイユが看護師に彼が息を引き取った旨を伝えている後ろで、そう楓が呟いた。横目で楓を見やれば、きつく握りこまれた拳が微かに震えている。


暗黒の魔女と呼ばれる彼女は、恐らくとても優しい。自分の責ではないのに、助けられなかったことを悔いている。


「(竜王(あにうえ)は――随分残酷な罰を与えたのかもしれないな)」






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