二人の関係
「ここを出て、これからどこで暮らしたらいいのかな。働き口も見つけないと…」
楓のその言葉に、フェルツはぎょっと目を見開いた。
竜王の代替わりが関係して処刑が取りやめになり、身の振り方が決まるまで城に軟禁状態だった楓は、明日から解放されることになった。そこで荷物をまとめるのを手伝っていたフェルツだったが、楓の口から信じられない言葉が出てきて驚いたのだ。
「ジ、ジリアンさんのお屋敷に一緒に住むのでは?」
フェルツはまとめた荷物を当たり前のように、ジルの家に運ぼうとしていたのだが、楓はそうではなかったらしい。ちなみにフェルツとバレンツもジルの屋敷で暮らしているので、明日は一緒に帰るつもりでいた。
「ジルのおうち?うーん…それはいくらなんでも迷惑でしょう…」
その言葉に、フェルツと共に部屋にいた竜王であるカイユザークが喉の奥で笑った。自分の幼馴染みは唯一無二の番に、肝心なことを伝えていないらしかった。ああ見えて奥手な親友なので、さもありなんといったところだが。
「ジリアンには何も言われていないのか?」
「いえ…私を泊めてくれるって言ってました?」
カイユザークとジルは親友らしいので、何か聞いているのかと期待したが、彼は否定の言葉を口にした。
「いや、そうではないが…」
竜人の番がどういうものであるか楓は理解していないようだった。この場合、きちんと伝えていないジルの方が問題なのだが。楓は異世界から来ているし、さらにはジルとは種族が違う人間なのだから、文化も何もかもが違うだろう。
「ジリアンさんを呼んできますね…」
「なんでそんな呆れたような感じで……私、変なこと言いました?」
渋い顔をする二人を交互に見るが、結局彼らは何も教えてはくれなかった。
◆◆
フェルツから話を聞いたジルが、大慌てで部屋にやってきた。途中ですれ違ったカイユザークには【情けない】という一言を一方的に投げつけられたが、思い当たる節が多すぎて返す言葉がなかった。
「りゅうじん…?」
「すまない、あなたに説明するのをすっかり失念していた」
初歩的なことなのに伝えるのを忘れていた。この世界には色々な種族がいるということを彼女は知らないだろう。そもそも楓と自分が違う種族だということすら、知らなかったはずだ。
「私たち…この竜の国の者は【竜人】という種族だ。その名の通り【竜】の血が入っている」
黒い目を真ん丸にして瞬きを繰り返す番は、とても愛らしい。
「ジルは…竜だったの…?」
ジルの一回り大きな手を握り、まじまじと見つめている。
竜人の時の姿は、人間とはほとんど差異はない。幼い頃は鱗が首元に残っていることがあるが、成長すると消えてなくなってしまう。ぱっと一目見て人間なのか竜人なのか、この世界に慣れていない楓に判断することは難しいだろう。
「竜人には唯一無二の【番】という運命の相手がいるんだ。私にとっては楓、あなたがそうだ」
「ジルの運命の相手が…私?」
思い返してみれば、何度か【番】という言葉を彼の口から聞いた気がする。余裕がなかったこともあり、あまり意識していなかったが、そういうことだったのかと今なら理解できる。
「カエデが望んでくれるのなら、共に生きていきたいんだ。これから先、ずっと」
竜人の一生はとても長い。個人差はあるが、数百年は優に生きる種族だ。その点、人間族は短命だと聞く。
違う世界で生まれた楓がそれに該当するかどうかはわからないが、自分と同じ年月はきっと生きられないだろう。それでも、一分一秒でも長く、傍にいたかった。
「…死が二人を別つまで」
ポツリと呟かれた言葉は、ジルには馴染みのないものだった。
「あなたの国ではそういうのか?」
「結婚式の誓いの言葉の一節かな。……私はこれからもジルと一緒にいていいの?」
結婚という概念が竜人にもあるのかはわからないが、つまりはそういうことなのだろう。妻と子という表現を聞いたことがあるから、夫婦という形はあるはずだ。
「ああ、一緒にいてくれ」
抱き寄せた楓の目尻に口づけながら、愛の言葉を紡ぐジルに少し不満が募る。
「…口にはしてくれないの?」
急に真っ赤になったジルに、声を上げて笑った楓は、背伸びをして触れるだけの口づけを落とした。