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言の葉








ーー言葉が通じないことが、こんなに怖いことだと知らなかった。







いつだったか、捕らえられて、殺すことを強要された。殺さなければ、死にたくなるほどの苦痛を与えられる。その一点だけで何百人もの人を殺してきた。もう、あとには引けない。きっといつか、天罰がくだる。私もーーこいつらも。



「✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎!!!」



カンカンカンと警鐘が鳴っている。敵でも入り込んだのだろうか。ジャラジャラと重たい鎖を引きずって、一筋の光しか差さない小窓から外を見れば。



「(何だろうーー?)」



灯りがないため暗くてよく見えないが、金色の何かが2つ、闇の中に浮かんでいた。一瞬それが消えたようにも思えたが、一度瞬きをすれば、相変わらずそこに浮かんでいた。



「✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎!✳︎✳︎✳︎✳︎!」



窓の外で松明の灯りが次々と現れ、その金色のものは、いつの間にか消えてしまった。



「…ほたる、かな」



そんなわけはないが、一人つぶやいてみる。べっこう飴みたいだったなぁ、そう考えながら、女性は目を閉じた。忘れていたはずの空腹が蘇る。風呂で汚れを落として、暖かい布団で寝て、美味しいものを食べたい。ううん、そんなことよりもーー。



「…………いえに、かえりたい…」












目が覚めた時、すでに囚われの身だった。言葉が通じない人間たちに囲まれ、槍を突きつけられて、王らしき人物の前に連れて行かれた。何やら色々と質問されたように思うが、言葉が通じないため、何を言っているのか全くわからない。ーーこの時点で、もし言葉が通じていれば、何かが変わっていたのかもしれない。


その後すぐに、薄暗くて肌寒い牢屋へ連れていかれ、ずっとそこで過ごしてきた。数日だったのか、数ヶ月だったのかすら覚えていない。皿の上でぐちゃぐちゃになった残飯のような食事を出され、恐怖とストレス、ひどい臭いで胃が受け入れず、何度も吐いた。


次に外へ出たのは、血なまぐさい戦場だった。血走った目をした男が斬りかかってくるのを見て、咄嗟に庇った手から光が溢れ出た。しばらくして目を開いてみれば、血の海が広がっていた。どうやら自分は魔法が使えるらしい。そう気付いたとき、周りの人間たちにこき使われるようになった。そこからは、移動式の馬車のような牢屋へ入れられ戦地へと引きずり回される日々。


相変わらず、食事は残飯のようなもので、風呂になんか入れさせてもらえるはずもなく、服もボロ切れのみ。汚れてはいたが肌を晒していれば、女に飢えた兵士たちに下卑た視線で見られるのは当たり前。だが、殺戮兵器に恐れがあったのか、体を好きにされるようなことだけはなかったのが、救いだった。



「みず、のみたい…」



どれだけ敵を屠っても自分には何の利にもならない。褒美はもらえない。満足な食事すら与えられない。綺麗な空気を吸ったのがいつかなんて、忘れてしまった。



「……?」



牢の外が騒がしくなってきた。足を抱えて蹲っていた女性は顔を上げた。先ほどまで戦っていたはずだが、もう新しい戦場に到着したのだろうか。このまま外へ放り出されても空腹で体に力が入らないため、魔法が使えず、銃や弓矢の標的になりかねない。ーーそれでこの苦しみから解放されるのなら、それはそれで構わないのだが。



「✳︎✳︎!✳︎✳︎✳︎✳︎!!」



不意に扉が開かれた。急に光が差し込んできたことで目が眩む。扉の前には、影がふたつ。



「✳︎✳︎✳︎✳︎…」



濃紺の髪に金色(こんじき)の瞳。暗くて見えないはずなのに、なぜかその色が目に焼き付いた。



「✳︎✳︎✳︎、✳︎✳︎✳︎?」



手袋を嵌められた手が差し伸べられる。ゆっくりとした動作で、こちらを怖がらせないようにしているかのようだった。



「……わたしを、ころしにきたの…?」



じっと見つめてくる瞳は、あの夜に見たべっこう飴のようだった。ーーもしや、あの時は偵察に来ていたのだろうか。それが敵に見つかり、騒ぎとなったのでは。


手を差し伸べていたが、一向に彼女がその手を取らないので、男は仕方なく背に腕を回した。立ち上がるように促されるが、空腹と疲労で足に力が入らない。



「………立てないの。手錠もあるし…」



ポツリと呟けば、男が手錠の繋がれている鎖を認めたらしく、それを無造作に取り上げた。一度グッと引っ張って外れるか試してみたようだが、床に金具で固定された鎖が外れることはなかった。



「鍵は、多分…偉そうなきつね顔が…」



いつも彼女を外に連れ出すのは、階級持ちらしい目の細い男だった。鍵を持っているのは恐らくあいつだろう。魔力を吸い取るらしいこの手錠があれば、彼女が大人しくなる。普通のそれとは違うだろうから、簡単には壊れないようになっているはずだ。



「っ!!」



鎖を引けば、手首の枷がぎりっと肌に食い込んだ。痛みに歯を食いしばれば、男は慌てた様子で鎖を手放した。



「✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎、✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎?」



膝をついて顔を覗き込まれる。痛かったか?大丈夫か?と気遣ってくれているのだろうか。



「大丈夫…痛みには、慣れたから…」



これくらいの痛みになら耐えられる。木の棒で叩かれることは日常茶飯事だし、爪を剥がされたこともある。この程度なら、子供にでも軽く抓られたようなものだ。

大丈夫だと笑ってみせたが、その儚い笑みに、男の眉間に皺が寄った。



「✳︎✳︎✳︎✳︎、✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎」



不意に背後を振り返った男は、もうひとりの人物に何やら声をかけた。近寄ってきた人物は、目の前の男より少し背が低く、華奢に見えた。ふわふわとした薄い灰色の髪に、水色の瞳。肌は白く、どこか儚げに見えた。



「え…?」



カチャカチャと背後で金属音がしたと思えば、ふっと腕が軽くなった。



「鍵が…はずれた…?」



枷を外され、手首の擦れた痕に優しく指を這わして気遣われる。針金らしいものを手に持っていたので、ピッキングをして鍵を開けたのだろう。



「あり、がとう…」



言葉は通じないだろうに、礼を言われたことに気づいたのだろう。年は17、8歳程度に見える青年は、にこりと微笑む。穏やかなその表情に、何故だか泣きたくなった。この世界に来てから、そんなに優しい感情を向けられたのが初めてだからかもしれない。


再び彼女の前に膝をついた男は、ひょいと彼女を抱き上げた。暗い場所から、明るい外へ出たため、目が眩む。ぎゅっと目を閉じてから、再び開けば、信じられない光景が広がっていた。



ーーー負けたんだ!!



死屍累々、とはまさにこのことだ。茶色の軍服をきた人々が倒れている。倒れているのは同じ色の服を着た人々だけで、こちらのふたりと同じ色の白い軍服を着たひとは見当たらない。もしや、ふたりだけで乗り込んできたのか。



「…っ………!!」



息を呑んだ女性を抱え直し、男は牢屋型の馬車から一歩踏み出した。その少し先には剣を右手に持った青年が、辺りを警戒しながら歩いている。



「ころして、ほしい…」



男の胸元を掴んで、そう呟く。その言葉が自分に向けられていると気付いた男が、彼女の黒い瞳を見つめ返す。



「わたしも、ころして…」


ーー貴方の持つその剣で、突き刺して。


数えきれないほどの人を殺してきた罪を、贖うことはできそうにないから。



「✳︎✳︎✳︎✳︎…?」


「たすけ、て…」



一筋の涙を流しながら、魔女は意識を闇の中へと落とした。











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