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番の仇






――最初に楓が魔法で命を奪ったのは、痩せた男だった。













ろくに食事も与えられておらず空腹で朦朧とした意識の中、戦場に放り出されパニックに陥ってはいたが、自分を殺そうと剣を握り振り下ろした、狂気に満ちたその顔は今でも脳裏に焼き付いている。

振り下ろした剣を避けるべく翳した手から光が溢れ、しばらくして目を開いた楓が見たのは、今の今まで目の前に立っていた人物の流した血で染まった、真っ赤な地面だった。


「私はあなたが最初に殺した男の番だ」


現竜王カイユザークの実妹だというその女性は、無表情のままそう言い放った。その言葉に楓は頭が真っ白になる。


ジルと共に罪を償うと決めて、この場に臨んだつもりではいたが、まさか自分が殺めた者の家族が出てくるとは想像していなかったのだ。今思えば、被害者の家族が出てくることは容易に想像できるし、自分の考えが甘かっただけなのだが。


「私は味方になるつもりはないが、敵になるつもりもない」


しかし、彼女――ゼンフェイユは何も望まなかった。楓の罰を重くすることも、軽くすることも、何も望まなかった。


「――もしも、私の番があなたを殺していたら、ジリアンに恨まれていたのは私たちの方だったはずだ」


ジルへと視線を向けながら、ゼンフェイユは淡々と言葉を紡ぐ。確かに逆の立場であったなら、ジルはゼンフェイユの番を殺したいほど憎んだだろう。否、仇討として殺していたかもしれない。


「夫も私も軍人だった。戦場での命のやり取りに…他者がとやかく言う筋合いはないだろう」








◆◆







結果だけで言えば、楓への罰は重いものだった。命を取られることはないが、見方によっては同じようなもののように思う。


【戦争が終結するまで、戦場に赴いて力を(ふる)う】


魔法が使えるとはいえ、軍人でもない者を戦場に出すことは自殺行為にも等しい。前線で戦えということではなく、怪我人の治療や防衛をするということだが、戦場に安全な場所などない。そして、【戦争の終結】というあいまいな表現を使うことにより、彼女の一生を拘束することも可能であるように思えた。


どんな判決になろうと、楓は受け入れるつもりでいた。本来なら処刑されているはずの身だ、それ以上に重い罰はないだろう。やはりというか、ジルはその判決に噛みついたが、楓は素直に頷いたのだった。


そして、一国を感情に任せて滅ぼしたジルへの判決は、【最果ての地を住まいとし、そこを統治すること】だった。最果ての地とは、王都から数日離れたところにある地で、魔人が住む所謂【魔界】と隣接しており、魔物の侵攻を抑えろということだ。


ジルはもともと王都に近い町の領主で、治安もよく、活気づいた街を治めていたのでいわば左遷だった。たしかに王都へは遠くなるが、あの処刑台で自分の番の姿を見た者が大勢いる王都の近くより、最果ての地の方が彼女の姿を知らぬ者が多いだろう。


さらに言えば、実力主義であるあの地でなら、彼女も肩身の狭い思いはしないかもしれない。

ジルにとっては、治める地などどこでもよかった。――楓が生きて傍にいてくれるなら。









「早いうちに引き継ぎを行うように」


現在ジルの治める地へ着任することになった男は、うれしさを隠そうともせず、にやにやと笑いながらそうとだけ言うと颯爽と部屋を出て行った。すでにこの査問会を行った部屋にはジルと楓しかいない。


つい先ほど下された判決に思考がうまくまとまらないまま、ジルに背中を押され部屋を出る。部屋を出たすぐの場所には、ゼンフェイユが立っていた。どうやら楓とジルが出てくるのを待っていたらしい。


「ゼンフェイユ、先ほどは…」


「この件については竜王(あに)の裁定に意見するつもりはないし、お前たちと討論するつもりもない」


ジルは感謝の念を伝えたかったが、はっきりと断られてしまったので、唇を引き結んだ。


「そして…私に対してあなたが謝る必要はない。だからどうか…ジリアンもあなたも、死んだ私の番を恨まないでほしい」


たまたま対峙した二人の内、楓が生き残っただけで、戦場で敵として相見えた以上、あの場でどちらが命を落とすのは仕方のないことだった。色々なことを鑑みれば、状況が把握できていない無抵抗な女に斬りかかったのは男の方だ。彼が攻撃してこなければ、楓が反撃する可能性は限りなくゼロに近かっただろう。


「………」


頭を下げた彼女は、どれくらいの悲しみを飲み込んでそう言ってくれたのだろう。殺したいほど憎い相手に慈悲を向けるなんてことは早々できることではない。


「…兄の眼を治してくれたことは、素直に感謝している。ありがとう」


何と言っていいのかわからず、楓は終始無言だったが、ゼンフェイユはさして気にすることなく背を向けて歩き出した。


「…カイユより、王に向いているな彼女は」


ジルのその言葉に、楓は頷くこともできずに、複雑な心境のままその背を見送った。




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