罪を償う日
魔力を制御する首輪をつけられ、牢から外へと連れ出される。こんなちっぽけな首輪くらい魔法でどうとでもできるが、彼女に抵抗する気は全くなかった。これで何十人何百人を殺戮してきた罪が償えるのなら、もうどうでもよかった。
あれから看守の目を盗み、何度もフェルツが牢へやってきて逃亡を薦めてきたが、そのたびに断った。もう自分のために、誰かを犠牲にするつもりは毛頭なかった。
「逃げようと思えば簡単に逃げられるだろうに」
捕えている側の看守にさえそう言われたが、楓は無言を貫いた。自分が逃げれば、万が一にもジルが責め立てられるかもしれない、逃亡を唆したとしてフェルツが罪に問われるかもしれない。これが罰ならば、甘んじて受け入れる。
「最期に、何かあれば…」
階段を登りきる直前に、看守の内の一人、年若い男が声をかけてきた。この先では舌を噛み切って死なないように猿轡をされてしまうので、最後に伝えたいことがあれば、という彼なりの慈悲だった。
「……ジル…ジリアンにありがとう、と」
何もないと首を振ろうかと思ったが、脳裏に金色の瞳の恩人の姿が過ぎり、楓は緩慢に口を開いた。年老いた看守はその言葉に深く頷き、年若い看守は目に涙を浮かべた。
◆
「離せッ!!!」
「落ち着いてください!あなたまで捕まります!」
処刑台の階段を上がりながら聞こえた叫びに、楓は思わず足を止めた。1週間前までは毎日聞いていたのに、なんだか久しぶりに彼の声を聴いた気がする。
「殺すなら私を!彼女は…私の番はあの国に利用されていただけだ!!」
――ああ、ジル…
目を凝らしてみれば、兵士たちに羽交い絞めされたジルが遠くに立っていた。彼にはここへ来てほしくなかった。フェルツとバレンツに、どうか彼を処刑場に来させないでくれと頼んだが、引き留めることはできなかったのだろう。
「あの魔女がジリアンさんの番?!」
「利用されていたとしても、あいつがしてきたことは真実だろう!!」
ジルの叫びに民衆がざわつく。竜人にとっての番は唯一無二。この国の人々は番の為なら命も惜しまない。国の英雄でもある彼が必死になる姿を見て、魔女に同情する者が現れ始めた。――それをみた竜王が、処刑を早めるべく声を張り上げる。
「同胞を虐殺した大罪人に罪を償う機会を!!!」
「カエデッ!!逃げてくれ!!!」
頼む、と膝をつき涙を流すジルを見ていれば、当然のごとく視線が絡み合う。ごめんなさいという気持ちを込めて、眉を顰めれば、彼の顔が絶望に歪んだ。
顔を覆面で覆った処刑人が壇上へあがってくる。跪くように促され、楓の首と床を繋ぐ鎖が、じゃらじゃらと不快な音を立てた。処刑人の持った斧を見て、久しく感じていなかった恐怖心が湧き上がってきた。――この斧で殺されるのだと思うと、身が竦む。
跪いて目を閉じて、どうか罪をすべて償えますように、と願う。最初に殺してしまった男の顔が頭を過ぎり、楓はきつく瞼を閉じた。
「竜王よ!!」
ビリビリと魂まで震えるような声が響き渡る。振り上げられた斧は、そのまま力をなくして足元に落とされた。驚いたのは楓だけではない。民衆たちの罵声も、同情の声も、ジルの叫び声も、すべてが止まった。
「カイユザーク…!」
シンと静まり返った広場は、波が引いていくように声を張り上げた人物の周りだけ人だかりがなくなった。竜王が彼の名を忌々しそうに呟けば、ようやく人々は声の主を認識しだす。
「俺は貴様に決闘を申し込む!!」
取り押さえられたジルの目前に立ちはだかったのは、親友であるカイユザークだった。軍の野営地から急にいなくなり消息が分からなくなっていたので、誰もが彼は死んだと思い込んでいた。番と子を失った者は、番の後を追い命を絶つのが常なのだ。
「カイユ…お前…」
それは水面に投げ入れられた小石のように波紋を呼び、広場全体に正体が広がっていく。
「光を失った先代竜王よ!いまさら玉座が惜しくなったのか?!」
――カイユザークはこの竜の国の先代国王であり、当代最強の剣士だった。
「ああ、そうだな。貴様にその椅子は相応しくない」
だが、とある事件によりその席から退いたのだ。否、退かざるを得なかった。竜王とはこの国を第一に考え、守護する者だからだ。盲目である彼がその座に就いていられるほど、その席は安くはなかった。
「処刑は取りやめだ!魔女を牢へ戻しておけ!」
マントを翻して玉座から降りた竜王は、足早に城の中へと消えた。
「カエデ…!!」
来た時と同じように、看守たちに連れられていく楓を見て、ジルは安堵とも不安ともつかない心境に陥った。いや、実際は間違いなく安堵なのだろうが、何分この場を治めたのが死んだと思っていた人物だったので、複雑な心境だ。
「………カイユ、恩に着る」
「ひとまずは時間稼ぎにしかならん。あとは俺が勝つことを神にでも祈るんだな」」
不敵に口角をあげたカイユザークに、ジルもぎこちなく笑みを返した。