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暗雲







不意に強い力でジルに引っ張られ、彼女は今まさに口に含もうとしていた飲み物をコップの半分ほど失った。そのまま腕をひかれ、座っていた椅子から離れると店の入り口から視覚になる場所へ移動する。


「急に何すん…」


文句を言おうと顔を上げるが、人差し指を彼女の口元に押し当てて黙ってくれと言わんばかりの仕草に、仕方なく口を閉じた。


「*******」


小さな声で何かを囁き、入り口を指さすので視線を向ければ、見たことのある軍服を着た人物が立っている。


「うそ…」


――あの軍服はジルの所属する軍のものではないか。まさか自分たちを探しに来たのだろうか。


ここを動かないように身振りだけで指示を出し、ジルはしゃがみ込んだまま入り口から視覚になる位置へまわった。テーブルの下に置いていた荷物を手繰り寄せているジルにハッとする。

食べかけの食事が2人分置いたままのテーブルを不審に思ったのか、軍人が2人そのテーブルへ近づいてくる。軍人が向かって来ることに気付いたジルは、身動きが取れなくなってしまった。


――このままだとテーブルの下に潜んだジルが見つかってしまう!


「!!?」


一瞬で景色が変わり、瞬きを繰り返すジルに耳打ちをする。


「あなたを瞬間移動させたの、行こう」


ジルの腕を引き店から離れる。とりあえず路地裏へ逃げ込もうと角を曲がれば、同じ軍服を着た男と鉢合わせしてしまった。裏口から逃げないように見張りがいたのだろう。


「ごめん、移動場所、失敗したみたい…」


先ほどより悪くなった状況に、彼女は肩を落とした。










◆◆◆








美味しそうにパンを頬張る彼女を見ていると、こちらまで幸せな気分になる。外が騒がしくなったような気がしてドアへと視線を向けると、窓の外に映った男たちの着ている服は見慣れたものだった。


「こちらへ」


咄嗟に彼女の腕を引き、無理やりに席を立たせる。――ああ、腕を引く力が強すぎたかもしれない、後で謝らなければ――驚いた彼女を物陰に隠し、様子をうかがう。やはり自分たちを探しに来たのだろう。彼らはザリエル将軍の部下だ。


「ここで待っていてくれ」


テーブルの下の荷物を回収してから、早々にここを立ち去らなければ。宿に少し彼女の荷物を置いてきてしまったし、一度戻らないといけない。

しかし、無情にも空席なのに食べかけの食事が置いてあるテーブルを、不審に思った兵士たちがこちらへと向かってくる。自分が逆の立場なら真っ先に怪しいと思う席なのでさもありなん。


「!?」


「****、*****」


どうやら見つかりそうだった自分を心配した彼女が、以前見たことのある瞬間的に場所を移動させる魔法を使ったようだ。一瞬で外に出て呆然としていれば、腕を引かれて路地裏へと逃げ込む。


中にいる人物を逃がさないようにするのなら、出入り口すべてに見張りを付けてから、中へ突入するのが定石だが、軍人ではない彼女がそれを知る由もない。裏へと回れば案の定、見張り役の者が立っていて、鉢合わせてしまった。


「******、*********」


申し訳なさそうな声色の彼女を背に隠し、年若そうな青年と視線を合わせる。見たことはないが、ザリエル将軍の配下だろう。


「ジリアン隊長」


「…任務か?」


「あなたを探していました。やはり魔女とご一緒だったんですね!ザリエル将軍がそうではないかとおっしゃっていました」


「……」


不意に腰のあたりの服を掴まれる。彼女のその手が震えているように感じるのは気のせいではないだろう。――ああ、私の番が怯えている。早く何とかしなければ。


「魔女を捕まえたのであれば、すぐお戻りに…」


「悪いが、軍へ戻るつもりはない」


「え?」


「彼女を引き渡すつもりもない」


腰に佩いていた剣を抜くと同時に、腰を掴んでいた彼女の手が離れた。戦闘に巻き込まれないように離してくれたのかと思ったがそうではなかった。


「*****」


彼女が左手をかざして何かを呟けば、対峙していた青年は不意にばったりと倒れた。


「*****、******…」


「何をしたんだ?」


最初は気を失わせたのかと思ったが、青年はすぐにむくりと起き上がった。きょろきょろ周りを見渡すが、彼がこちらへ視線を向けることはない。出入口を警戒するように立ち上がった。


「私たちが見えていないのか…?」


「向こうはどうなったんだろう。連絡もないし…中には誰もいなかったのかな」


自分たちが見えていないのもそうだが、どうやら対峙したときの記憶がそもそもなくなっている。今の一瞬で、彼女が記憶を書き換えたのかもしれない。


「記憶を消したのか…?」


こちらの反応を窺うように見上げてくる様子は、怯えを孕んでいた。今の力を自分が見て、恐れていないか、気味悪がっていないかを心配しているのだろう。


【暗黒の魔女】と世間で恐れられていることを彼女は知らないはずだ。強大な力を持つ者の宿命なのか、彼らは万人から受け入れられず、孤独になることが多い。――親友であるカイユザークも、昔はそうだった。


「大丈夫だ、私はあなたの番なのだから」


仮令、あなたが魔界で暮らしたいというのなら共に行くつもりだし、たったこれだけのことで嫌ったりはしない。


固く握りしめられていた手を包み込めば、ほっとしたように息が漏れる。――ああなんて、愛しいのだろう。


「とりあえず宿に戻ろう」







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