暗黒の魔女
ーーハァ……ハァ……
焦土と化したーーつい先ほどまで森であった場所。その中心に立ち竦むのは、一人の女。その女は肩で息をしており、今にもその場に倒れこみそうだった。着ている服は奴隷と見紛う汚れた布切れ。靴は履いておらず裸足で、足の甲には擦り傷が無数についていた。今は見えないが、足の裏にも同じようにーー否、甲以上に傷があるのだろう。
鎧を着た男が剣を構えたまま女に向かってくる。一人や二人ではなく、ざっと見たところ六人はいるだろうか。ぼさぼさの黒髪を引き倒されるように鷲掴みにされ、女は尻餅をつくように地面へと倒れこんだ。
「✳︎✳︎✳︎!!✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎!!」
髪を掴んだままの男が、離れた場所にいた兵士に何かを叫んだ。慌てて走ってきた男は、手枷と足枷、首輪らしきものを持っていた。
ーーーーいやだ!!やめて!!
女が悲鳴をあげるが、男たちはその声が聞こえないかのようにその枷をつける。最後の仕上げに猿轡を口に噛ませると、気を失わせるために後頭部を木の棒で殴りつけた。
ーーーー誰か助けて!!
竜の国は、隣国である人間の国と戦争をしていた。竜の国に住む「竜人」と呼ばれる人々は、戦闘種族ではあるが気性は穏やかな者が多い。しかし、隣国の「人間」たちはそんな彼らを理由もなく恐れ、脅威を取り除こうと画策してきた。三年前、竜の国の王都に刺客が送り込まれ、竜王の最愛の妻と子が暗殺されてから、竜と人間はついに相容れぬものとなった。
「……あの魔女をどうにかしないと、我々の勝ち目はありませんね」
「……ああ、そうだな」
白い髪を首の後ろで括った男が、イスに腰掛ける隻眼の上司と思しき相手に声を掛ける。ポットからカップへと紅茶を注げば、ふわりといい香りが辺りを包んだ。ギスギスした空気が幾分和らいだように感じられる。
「“同じ”人間でしょうに、可哀想な方です」
年若そうな灰色の髪の男がカップを隻眼の男へ渡しながら、同情したように言葉を落とした。
「敵に情けは無用です。あの魔女は同胞を何十人殺しているか…!!」
「それは、そうですが…戦闘が終わるたび枷をつけられ、魔力を封じられてると聞きます」
きっと、自分の意志で竜人と対峙しているわけではないのだろう。脅されて、訳の分からぬまま殺戮を繰り返している。あの魔女さえいなければ、竜の国は仇討ちをとうに果たしている。
竜人はさほど魔力を持たない。そのため、あの魔女に抵抗する術がないのだ。だが、本来それは向こうも同じであったはず。稀に保有魔力の多い者が生まれ、魔術師を生業とする者がいるが、ここまでの脅威ではなかった。
「やはり、最優先事項は魔女の暗殺ですかね」
「………………」
灰色の髪の青年は魔女を害することにあまり積極的ではないらしい。竜人は強きを挫き弱気を助く気質のものが多い。守るべき部類に入るであろう女性を、敵と見做せないのだろう。
「おい、ジリアンはどうした」
紅茶が注がれたカップは3つ。先ほどまでいた男の姿が見えなくなっている。魔女の話をしはじめた頃には、すでにいなかったように思う。
「ジリアンさんなら散歩に行くと仰っていました」
「ち、違いますよ!散歩ではなく、見回りです将軍!!」
自由奔放な未来の将軍は、この竜の国でも珍しい黒い竜体を持った竜人だ。強さは折り紙つきだが、何しろいまだ番を持たないため、やる気がないのが玉に瑕。番を得れば、彼の竜も変わるだろうに。