五話 決着
「わああああああああっ! アンタのせいよおおおお! ぶっ殺してやるううううう!!」
泣きながら半狂乱で黒い巨人に特攻していくレイ。
そのまま黒い巨人の足元に入り込み、先程から執拗に狙い続けている足に華麗な三段蹴りをかます。
レイの攻撃は止まず、蹴り終えた後にくるりと回転し、その勢いのままストレートパンチを放つ。
しかし、パンチを放った隙に黒い巨人が腕を振るい、レイが薙ぎ払われる。攻撃を欲張りすぎたか。
すかさず俺はレイに回復魔法をかける。レイは一瞬こちらをジロリと睨むも、すぐに黒い巨人への攻撃を開始した。
そうした攻防を続けて数分、黒い巨人が足を攻撃され続けたせいで体勢を崩し始めた。
だが、このまま黒い巨人が倒れたとしても、決定打がない。
さらに、俺の魔力が尽きかけているのか、体の倦怠感が凄まじい。
「このままだとまずいな……ジリ貧だ」
何か弱点はないのかと今までの黒い巨人との戦闘を振り返る。
空間から出てきた。
マネキン達が助けてくれた。
いや、その前に小さい魔物を食べていた。
食べた――そう、胸が開き、そこに魔物を放り込んで食べていた。
口、口か……。昔やったゲームでは、大食らいな敵に毒なり爆発物なりを食べさせて倒していたな。
……いい作戦かもしれない。
俺は何かないかと、周囲を見回す。――地面に何かの残骸を見つける。
残骸は、マネキンのものらしい。腕や足と思わしきものがポツポツと落ちている。残りの部分は食われたのだろうか。
何かのヒントにならないかとマネキンの残骸を拾う。
ふと、黒い巨人のほうへ視線を移すと
「トゥインクル・ドロップキック! ……あだぁ!?」
なぜか楽しそうな声音で必殺技を放ち、失敗して体を強かに地面に打ち付けて隙だらけの姿を晒すレイがいた。
黒い巨人はそんな隙を見逃すはずもなく、レイを仕留めようと、大きな両腕を振り下ろそうと――
「レイ――っ!」
気を逸らせないかと、咄嗟に持っていたマネキンの残骸を黒い巨人に投げつける。
残骸は黒い巨人の胸に当たる寸前――
ぱかっ、と黒い巨人は胸を開き、レイへの攻撃もそっちのけでマネキンの残骸に食いつく。
レイはその隙に、さささっとその場を離れ態勢を整える。
「あ、危なかった……。ついテンション上がってやったこともないドロップキックをしちゃったわ。でもいい線行ってたと思うの。ハジメはどう思……」
俺はレイのどうでもいい話を聞かずに、他のマネキンの残骸を拾い、再び黒い巨人に投げつけた。
黒い巨人は先程と同じように口を開き、残骸を咀嚼する。
――胸の辺りに飛んできた物は反射的に食うのか。例え攻撃している最中でも。
何か、何かないか……爆発物なんてないし、毒なんてあるはずもないし……ん? あれは……。
と、レイが出した大剣”ミーティア”が地面に落ちているのを見つける。相棒ほったらかしかよ。
使えそうだが、あれはまともに持ち運びもできない……いや、しまうことはできたんだったな。もちろん出すことも。
ふと、レイが”ミーティア”に押しつぶされている滑稽な姿を思い出した。
……いける!
「レイ、”ミーティア”を回収してきてくれ! それが終わったら、またデカブツの足を攻撃して、何とかアイツを転ばせてくれ!」
「注文多いわね!? あとなんで半笑いなの!? 何が可笑しいの?」
「すまん、思い出し笑いだ。頼む、レイ! 勝機が見えたんだ!」
「そうなの!? わかったわ! 待っててね! あと、”たまごっティン”の効果時間がそろそろ切れるから、急いで決着をつけるわよ!」
そう言うとレイはすぐに”ミーティア”の方へ走っていった。
細かく指示を説明する時間はない。
俺は引き続きマネキンの残骸を投げつけ、黒い巨人の習性を利用した時間稼ぎをする。
「よし! 回収完了! 待ってなさいよデカブツ! すぐにアンタをすっ転ばしてやるわ! うおおおおお!」
”ミーティア”を回収したレイは即座に黒い巨人の足へ攻撃を再開する。
「トゥインクル・ローリングソバット!」
「――っ!!」
レイの放った跳び後ろ回し蹴りが黒い巨人の足にクリーンヒットし、ついに黒い巨人が倒れる。
俺は倒れた黒い巨人に全速力で駆け寄る。
男の体の時より足が遅い気がする。――胸部に2つの塊がついているからか。
そして、大声でレイに次の指示を飛ばす。
「レイ! このデカブツの肩ぐらいまでよじ登って、そのままコイツが起き上がるまでしがみついてろ!」
「ちょ、えええええ!? 何言ってんの!? 無理よ! 死んじゃうわよ! ハジメ、頭おかしくなっちゃったの!? イヤよ! 死ぬならアンタも道連れよ!」
「そりゃちょうどいい! 俺も一緒にしがみつくからな!」
俺は杖を口に咥え、黒い巨人の肩までよじ登り、しがみつく。
まだレイが登っていないことに気が付き、レイの名を呼ぶ。
「ふぇい!」
「あー! もう! わかったわ! やればいいんでしょ!? 魔法少女の意地見せてやるわ!」
レイはやけくそになりながらも、俺とは反対側の肩へしがみついた。
俺達が位置についたと同時に黒い巨人が起き上がる。
「うおおおおおっ!?」
「むうううううっ!!」
振動は凄まじく、振り落とされまいと必死にしがみついた。
と、一瞬、振動が止まり、安定した。
――今だ!
俺は自分の口に咥えていた杖を取り出し、黒い巨人の口の中でつっかえるように角度を合わせ、杖を放り投げる。
やはり、黒い巨人は反射的に口を開き、杖を食べようとし……。
「よし!!」
狙い通り、杖は黒い巨人の口の中でつっかえた。
当然、つっかえた杖を噛み砕こうと黒い巨人が力を込める。
ギシギシと音を立てる杖。だが、折れずに耐えている。
頼む、折れるなよ……!
そして俺は青い顔でしがみついているレイに最後の指示を飛ばす。
「レイ! コイツの口の中へ向かって”ミーティア”を出せ!」
「――! わかったわ! 来て! ”ミーティア”!!」
レイが宝石に魔力を込め、黒い巨人の口の真上へ投げる。
込められた魔力で宝石が輝き、光の中から大剣が出現する。
黒い巨人の口を貫くように――
「――っ!? ――っ!!!」
大剣は重力に従い、そのまま落下し、黒い巨人を貫く。
なにもあのクソ重い大剣はわざわざレイが振る必要はない。出してやればあとは重力が振ってくれる。
あの重さ、落下した時の威力は絶大だ。
ましてや直撃する場所は胸部ないしは口内だ。とどめには十分だろう。
「――っ!! ――っ!!!」
まあ、威力のほどは俺が語らずともコイツが教えてくれている。
断末魔の叫びと共に激しくもがいて……。
「う、うおおおおお!! 暴れんなってえええええ! とまれええええええ!」
「ひいいいいい! 落ちちゃう! いやああ! メリーゴーランド乗ってる気分なんだけどおおおお!」
「こんな激しいメリーゴーランドあるかあ! それを言うならジェットコースターだろおおおお!?」
「そうねえええええ! あははははははは!」
「わはははははは!」
俺達は錯乱しつつも振り落とされてなるものかと、もがく黒い巨人に死に物狂いでしがみつく。
黒い巨人はひとしきり暴れた後、ふっと力が抜け、倒れ始める。
「うおおおおおお! 落ちるううううう!」
「と、飛ぶのよハジメ! ジャンプしてデカブツがクッションになるようにするのおおおお!」
「ソレだあああ! せええええのおおおおおっ!!」
「「とおおおおおおおおおおおおっ!!」」
倒れる黒い巨人の体から離れ、俺達は一瞬、浮遊感に身を委ねる。
――のも束の間、即座に自由落下が始まる。
「うわあああああああああ――ぶっ」
「ひゃあああああああああ――ぐえっ」
なんとか目論見通り黒い巨人をクッションにすることに成功した。
そのままコンクリートの地面に落ちるよりマシとは言え……痛い。
俺達は体を引きずるようにしながら黒い巨人の上から降り、怪我がないか確認する。
どうやら二人共目立った傷はないようだ。レイに回復魔法をかけたが、自分には効果がないし、念のため後で病院で診察してもらおう……。
黒い巨人は完全に沈黙しており、ピクリとも動かない。
次第に体の先から霧のように消えていく……このまま消滅するのだろう。
つまり、俺達の勝利だ。
俺が勝利の余韻に浸っていると、突然レイが笑いだした。
「ふっ、ふふふふっ」
勝てないと思っていた強敵相手に勝利したことで喜んでいるのだろう。
レイはこちらへ向き、満面の笑みで言った。
「決めたわ! さっきのデカブツにとどめを刺した技は、ミーティア・ストライクと名付けましょう!」
クソどうでもいいことだった。
もっとこう、勝ったことへの感想とかないのか。
「ありがとね、新しい技を教えてくれて!」
「いや、全然そんな気はなかったんだけどな……。まあいいか。撤収しようぜ」
「そうね。でも、その前にこの辺を復元するわ」
レイは復元用の”たまごっティン”を取り出し、最初と同じように地面に投げつけた。
辺りが光りに包まれ、黒い巨人に破壊された町並みがみるみるうちに元通りになっていく。
魔法の力っていうのは凄いな。レイの魔法はどんなものなんだろうか。剣を出すだけではあるまい。
「……ありがとね」
「技はもういいって。てゆうかトゥインクルなんたらの方をどうにかしたほうがいいぞ。魔法使えよ」
「だから私が”ミーティア”を振らないと魔法撃てないし、トゥインクル・マジカル格闘術の何が不満なのよ! ってそうじゃなくて」
レイが居住まいを正し、俺をまっすぐ見る。
「一緒に戦ってくれて、助けてくれてありがとう。ハジメ」
そう言って柔らかく微笑むレイに、俺は不覚にも魅入ってしまった。
頬が熱くなるのを感じながらもレイに答える。
「い、いや、俺の方こそ助けてくれてありがとな。いつも知らない間に守ってくれていたみたいだし、感謝するのはこっちの方だ」
「それでも、よ。魔法少女になるって言ってくれて嬉しかったわ。これからもよろしくね! ハジメ!」
「……え? 何言ってんだ? もうやらねえよ? 俺」
時が止まった――気がした。
「ハ、ハ、ハジメこそ何言ってるの……? あんなにノリノリだったくせにぃ。冗談キツイわよぉ。おほほほほほ」
「あれはお前に借りを返したかったからだよ。じゃなければこんな命がけのことしたくない。借りも返したし、魔法少女引退するわ」
レイは一瞬で涙目になり、俺に激突する勢いでしがみついてきた。
「待ってえええ! お願い! 魔法少女続けてよおお! またあんなでっかいのが来たら私だけじゃ勝てないからあ!」
「いや、今回はトラブルがあったから来なかっただけで、他にも魔法少女がいるんだろ? そいつらでいいじゃん」
「人手不足だって言ったでしょ! それに、知ってる魔法少女の子は、ちょっと問題があるというか……なんというか……」
聞き捨てならないことが聞こえた。
問題があるだと……?
「げっ。それを聞いて一気にやりたくなくなったわ。お前に問題があるって言われるなんて相当だぞ。そいつと一緒に戦いたくない」
「ど、どういう意味よ! 私だって頑張ってるんだから! ねえお願い! 手伝って! 入会してくれたじゃない!」
入会って……。ああ、勧誘の時にそんな事を言っていたな。
「じゃあ退会するわ」
「残念でした! 入会してとは言ったけど、退会できるとは言ってないわ! やーい、やーい! 引っかかった―!」
しばくぞ。
「悪質だな! だが俺は何が何でも手伝わないからな! 今度から無視するからな!」
「ならこっちだって毎年毎月毎週毎日毎時毎分毎秒アンタにつきまとってやるわ! 夢にだって出てやるんだから!」
「うぜー!!!!」
なんて迷惑な奴だ。やっぱり関わるべきじゃなかった……!
ダンボールに入ってこちらを凝視している魔法少女にぎょっとして足を止めてしまった時に、俺の運は尽きたようだ。
時間を戻せるなら戻したい。
俺が自分の悲運を嘆いていると、レイが何かを思いついたようだ。
「そう、アレよ! 魔法少女は当然、女の子しかいないわ! アンタは例外だけど、それ以外は女の子だけ! ハーレムよ!」
「よし分かった。俺は今日から魔法少女として生きていく。よろしくな、レイ」
「他にも……って、え!? 急に手のひら返した! でも、やってくれるの!? 動機が不純な気もするけど……」
俺の運は尽きていなかった。むしろこれからだ。やったぜ。
ハーレムは男のロマンだ。変身した俺は男か女か微妙なところだが……。
「まぁ、でもよろしくね! ハジメ! 頼りにしてるわ!」
「お手柔らかに頼むぞ、レイ。俺は新米なんだからな」
そう言って俺達は握手する。
魔物と戦うのはまだ怖いが、魔法少女になるのも悪いことばかりではない。
ハーレム云々抜きにしても、やはりゲームやアニメ好きの性なのか、魔法を使えることは心躍る。
なんていうか、夢が叶った気分だ。
「じゃ、今日はもう帰りましょうか。また明日ね」
俺達は帰路についた。
俺は、歩いた振動によって自分の胸部が揺れることに今更ながら気がつく。
戦闘中は必死であまり見なかったが、結構大きい。
自分の胸を触る――柔らかい。うっひょう!
うん。やはり魔法少女になるのは良いことだ。
股に野球セットも付いてきてしまったが、まぁいいだろう。あったほうがトイレの時困らなそうだし。
明日からと言わず帰ってからが楽しみだぜうぇっへっへ。
「ハジメ、すんごい気持ち悪い顔してるわよ。邪なこと考えてないわよね? ……もう変身解いてもいいのよ?」
「いや、変身後の姿に慣れておかないといけないからな! 俺はしばらくこのままで過ごす! 決してやましいこと以外は考えてない!」
「そう……んん!? やましいこと考えてるんじゃないの! 魔法少女に誘ったの失敗だったかしら……」
――この日から、俺は魔法少女ハジメになった。