二話 魔物との戦い
「――」
魔物と呼ばれるそれは、場坂レイに警戒しているのか、じっとこちらの様子を伺っているようだ。
――これが魔物。……本当にいたのか。
じゃあ、場坂レイも本当に魔法少女なのか。
動揺する俺に場坂レイは
「ほら、嘘じゃなかったでしょ! ふふーん、残念でした! 本当の事でした! あれー? ハジメくーん? 謝罪の言葉が聞こえないわね―?」
しばくぞ。
だいたい、魔法に関係するものを見たら”忘れルンです”とかいうカメラで記憶を消されるんだろうが。
「わかった、謝る。俺が悪かったよ。だから助けてくれ」
あの魔物というのは今のところ目立った動きはしていないため、自分一人でも逃げることはできそう……
とは思えない、魔物は小さいのに異様な雰囲気を漂わせていて、俺は正直ビビってしまっている。
ここは素直に場坂レイに助けを求めよう。
「わかったわ。任せなさい! っと、その前に……」
場坂レイは懐から小さな玉を取り出し、それを地面に向かって投げつけた。
その玉は、地面に当たると反射して空高くまで跳んでいく。――スーパーボールみたいだ。
玉がかなりの高さまで上がった時、玉が弾けた。
弾けたあと、ここら一帯に光の膜のようなものが貼られたように見えた。
今のも魔法道具の一つなのだろうかと疑問に思っていると、場坂レイが答えるように言った。
「今のは、戦闘の際に人の魂が巻き込まれても大丈夫なように辺り一帯の状態を”保存”するの。もし被害が出ても、多少の損害なら復元できるわ」
……それは凄いな。ずっと使っていれば魔物なんて気にしなくてもよさそうだが。
「まあ、そんなに都合のいいものではないんだけどね。時間とか、範囲とか、あとは復元にも限界があったりとかね」
そりゃそうか、そんなに便利なら魔法少女が戦う必要もない。
「名前は”魂魄守護宝玉”でもなんかカタイ名前だからって事で、通称”たまごっティン”」
「また怒られそうな名前だな……てかティンはどっからきた? ……玉か? もしかして下ネタじゃ……」
「あ、さっき使ったのは発動用でね? 復元する時に使う玉がもう一つあるの。だから別名”タマタ……」
「名前を決めたやつをセクハラで訴えろ!」
ロクでもない。
先程、場坂レイにしがみつかれた時にセクハラしようと思った俺が言うのもなんだが……。
「魔物がそろそろ来そうね。そこを動かないでね、ハジメ君! 魔法少女の戦いを見せてあげる!」
「――!」
痺れを切らした魔物が飛びかかり、先制攻撃を仕掛けてきた。
しかし、場坂レイは慌てず、腰を深く落として身構える。
そして、魔物が間合いに入った瞬間――
「トゥインクル・ストレート!」
「――っ!?」
魔物に向かってまっすぐ拳を突き放った。
魔物は場坂レイの正拳突きをまともにくらい、吹っ飛んでいった。
……魔法はどこへいった。
俺が疑いの目で場坂レイを見ると、その視線を感じたのか、
「ち、違うのよ!? 魔法はあるんだけど、ちょっと相手が近かったから、一旦距離を離そうとね?」
慌てて弁明をしてきた。
だが、場坂レイの言うとおりなのだろう。詠唱などがあるなら、近距離で隙を見せるのは危険だ。
「よし! 行くわよ! ――来て! ”ミーティア”!」
「おおっ!?」
場坂レイが掲げた手の中の宝石に光が集る。
集まった光が次第に――巨大な剣の形になっていく。
とても、とても大きな剣が形作られてく。
柄のほうから段々出てきていて、柄と少しだけ出ている刀身の幅から想像すると、全長は高さ、幅共に場坂レイの倍以上になるだろう。
所々に星型の装飾が施されており、色合いも可愛らしいが、巨大な姿にはアンバランスに見える。
魔法少女の武器は杖だと勝手に思っていたので予想外だったが、俺はまるでアニメのようなものを見れて興奮しているので、あまり気にならない。
しかし、そんな大きな剣で戦えるのだろうか……。
だが、場坂レイは魔法少女だ。魔法で軽々と扱えるのだろう。
そして
「でけぇ……」
ついに、”ミーティア”と呼ばれた大剣がその全容を現した。やはり大きい。
あれを自在に振り回し、色々な魔法を駆使してあの魔物を圧倒してくれるのだろうとワクワクしていると
「ぐえぇっ!?」
場坂レイが自分で呼び出した大剣に押しつぶされていた――。
…………なにやってんだこいつ?
何か意味のある行動なんだろうか……?
予想外の事にただ呆然と突っ立っている俺に、場坂レイが声をかけてきた。
「た、助けてぇぇ……。出現させる角度を間違えた……。ハジメ君、これどかしてぇぇ、助けてぇぇ……」
マヌケがうめきながら助けを求めてきた。
「お、おま、お前、何してんだ!? 自分の武器に潰されるアホがいるかぁ!」
「ご、ごめん……。いい所を見せようと思って緊張しちゃって……」
「頼むぞお前、緊張感の欠片もないけど、命かかってる戦いなんだろ? その剣どかしてやるから、早く倒して……って重っ!?」
”ミーティア”という大剣は見た目通り、かなりの重さだった。
「そうでしょう、そうでしょう! 私の自慢の相棒だからね!」
「その相棒に押しつぶされてピンチなんだけどな! おい、これちょっと無理だ、どかせねえ……!」
「えぇっ!? もうちょっと頑張ってよ! このへっぽこ!」
この女……。
「そっか、まぁ俺は”たまごっティン”とやらで守られてるし、魔物もさっきのダメージで起きてこないし、このまま逃げ出してもいいな。じゃあな、場坂」
「わあぁ! ごめんなさい、すみません! 調子に乗りました! 見捨てないで! 助けて!」
見捨てようとした俺に、あっさりと態度を変え助けを求める場坂。
最初は俺が助けられる側だったはずなんだがな……。
「てゆうか剣を出したんだから、逆に剣をパッと消すことって出来ないのか?」
「柄頭の方に宝石がついてるでしょ? あそこが魔力の基点だから、あそこを触らないと消せないの……。そしてここからじゃ届かないの……」
なんて不便なんだ……。
「あっそうだ! ハジメ君、このピンチを切り抜けるには、あなたが魔法少女になって魔物を倒すしかないわ!」
「アホな事言ってんな! っておい、やべえ! 魔物が起き出したぞ!」
場坂の正拳突きをくらいダウンしていた魔物が起き上がり、こちらへ近づいてきている。
「ええええ!? 早く助けてハジメ君! 私の直筆サイン入り色紙あげるから!」
「いらんわ! 仕方ねえ、なんとかちょっとだけ剣を傾けるから、這いずって出てこい!」
俺はしゃがみ込み、剣の下に体を潜り込ませ、立ち上がるようにして全力で剣を押し上げる。
すると、少しだけ剣が上がった感覚があった。
「うぐぐぐっ! 場坂、どうだ!?」
「も、もうちょっと! 私の悩ましボディがまだ突っかかってる!」
「あまりに凹凸がなくて悩ましい体ってことか、なっはっは!」
「ぐぎぎ……! こんな状況じゃなきゃトゥインクル・チョップを喰らわせているのに……」
二人でバカみたいなやり取りをしている間に、魔物はもうすぐそこまで近づいていた。
魔物は姿勢を低くし、今にも襲いかかりそう――飛びかかってきた!
「だあああああ! 動けええええ!」
「――っトゥインクル・アッパー!」
なんとか剣の下から這いずりでた場坂が、間一髪の所で魔物にアッパーを食らわせた。
再び吹っ飛んでダウンする魔物。チャンスだ。
「場坂、今だ! 剣で――」
「そんな暇はないわ!」
そう言って場坂は剣に目もくれず、倒れている魔物に向かって駆け寄ると
「トゥインクル・クラッシュ!」
ダウンした魔物を踏み潰して追い打ちをかけた。ひでぇ。
追い打ちをかけられた魔物は、そのまま動かなくなった。倒したのだろう。
……魔法少女の戦いとは……。
というかただのパンチやアッパーにそれっぽい技名をつければ良いと思っているんだろうか。
魔法使えよ。
「ふぅ、なんとか倒したわね」
「おい、何が魔法少女だ、剣は、魔法はどうした」
「それは――待って、新手よ!」
「!?」
俺の詰問に気まずそうに目を逸らしたのも一瞬、場坂は強張った顔で周囲を見回す。
周りには、先ほど倒した魔物と同じ姿をしたものが3体出現していた。
まずい……囲まれている。
だが、場坂は気負った様子もなく明るい声で言った
「よし、私はあっちの2匹を瞬殺するから、残りの1匹はハジメ君が相手して時間稼ぎをお願いね!」
……今なんつった?
俺一般人なんですけど。
守る対象の一般人に戦わせるってどんな外道だ。
魔物にやられても復元できるらしいけど、できれば痛い思いはしたくないんですけど。
「バカかお前は! 普通の人間が戦えるわけねえだろ! お前が魔法なり剣なりを使えばあっという間に蹴りが付くんじゃないのか!?」
「いやあ、実は私の魔法はあの剣を振れば発動するみたいなんだけど、ほら、めちゃくちゃ重かったでしょ? だから振ったことなくてね?」
場坂は衝撃的な事を告げて、自分の手で頭を小突きながら片目を瞑り、テヘペロと舌を出した。引っこ抜くぞ。
「……つまりお前は、自分の武器も使えないし、魔法も使えないのか?」
「端的に言うとそうなるわね。だからいつもトゥインクル・マジカル格闘術でなんとかしてきたんだけど、さすがに3匹はキツイから、そっちのを引きつけといて」
どこが魔法少女なんだ……アレか、宝石から剣を出したアレか。一発芸かよ。
心の底から絶叫しながら文句を叩きつけたかったが、その前に魔物が動いた。
――クッソがああ! やってやらぁ!
幸い、魔物の動きはそう素早くない。あまり運動が得意ではない俺でもなんとか回避できる。
よし、いける!逃げに徹すればなんとかなりそうだ!
あとは場坂に攻撃が逸れないように立ち回る――までもなく、場坂の方は片付いたようだ。
「よし、あと1匹ね。ハジメ君、なかなかやるじゃ――っハジメ君!!」
――何が起きたのかわからなかった。
気がついたら俺は地面に倒れていた。
体の左側が痛い。倒れたときの衝撃によるものだろう。だが、大きな怪我はないようだ。
そうだ、魔物は、と状況を確認しようと顔を上げ、目に映ったものは――
黒い――大きな――腕――だった。