一話 出会い
拾って下さいと書かれた道端のダンボールの中に、魔法少女が捨てられている。
捨てられているといっても、ダンボールの中で衰弱して倒れているわけではなく、むしろ元気に身を乗り出して俺を見ている。
年齢は俺と同じくらいに見えるから、高校生だろうか。
肩ぐらいまで伸びた桃色の髪で、頭の両側に髪の一部を結った小さなツインテールが特徴的だ。
くりっとした瞳も可愛らしい。
服装はいかにも魔法少女と言った感じの可愛らしいものを着ている。
当然、この世界には魔法なんてものはないのでコスプレだろう。
そんな魔法少女のコスプレをした女子高生が、道端のダンボールに入って、生き生きとした目で、学校が終わって帰宅途中の俺を見続けている。
怪しすぎる。関わりたくない。
……見なかったことにして、このまま家に帰ろう。
と、彼女から目をそらして歩き出した所、
「待って、相田ハジメ君」
彼女が俺の名前を呼んできた。彼女とは初対面のはずなのに。
思わず足を止めて振り返ってしまい、再び彼女と目が合う。
彼女はまっすぐに俺を見つめて言った。
「あなた、魔法少女になってみない?」
……俺の名前は相田ハジメ。どこにでもいる男子高校生だ。
そう。”男子”高校生だ。れっきとした男だ。
体型も少し痩せてはいるが、背は高めでなよなよしくはないはずだ。
顔は……美形……ではない……が、普通だろう。いや、普通よりちょっと上の顔だ。
そして、男子の制服を着ている。
なので、女の子に間違えられたなどという事ではないだろう。
だというのに彼女は魔法少女にならないかと勧誘してきた。
最初から分かっていたことだが、関わらないほうがいいな、このコスプレ女は頭がおかしい。
――逃げよう!
「逃がすか!」
俺が一目散に逃げ出そうとした瞬間、コスプレ女に腕を掴まれた。
「うおっ!? は、はなせ! はなし……って、力強っ!?」
女の手を振りほどこうとするも、女は華奢な見た目とは裏腹に力強く、俺の腕を掴んで離さない。
「ま、待って! 話を聞いて! ちょっとだけだから! ほんっっっの少しだけだから! お願い、話を聞いてよ!」
「すいません、勘弁してください! アレです、具合が悪いんです! だから急いで家に帰りたいんです! 見逃してください!」
涙目になりながらもしつこく勧誘してくる女から必死に逃れようとするも、
「それは大変ね! 心配だから家まで送るわ! じゃあ行きましょう! 案内して!」
「一人でも大丈夫です! 来ないでください! マジで! そのダンボールの中に入ってろ! てかなんでダンボール!?」
「目立つでしょ! 思わず見ちゃうでしょ? そんで目が合った人を引きずり込もうと思ってね!」
なんてアホな理由なんだ。――いや、俺はそんなアホな作戦で引っかかっちまったのか。
訂正しよう、この女は策士だ。どの道関わらないほうがいい。
しかし、女は俺を逃がすつもりはないらしく、家にまでついてこようとしている。
こんな女に自宅を知られたくない。何をされるかわかったものではない。
……警察を呼ぼうか?しかし、警官が来るまでこの女から逃れられる気がしない。
よし、なら一旦この女の話を聞いて、なんとかやんわりと断って、安全な場所まで離れたら不審者を見たと警察に通報しよう。そうしよう。
「わかった、わかりました。話くらいなら聞きますよ」
「ほ、本当!? なんだ、チョロいわね。まぁ私にかかればこんなものよね」
と、さっきまでの涙目もどこへやら、ドヤ顔で自分の髪をかき上げながらふざけた事をのたまう女。
引っ叩いてやろうか。
しかし、ここは堪えて話を続ける。
「それで? 俺に何の用ですか? 魔法少女がどうのって言ってましたけど」
「そうそう! あなた、魔法少女になってみない?」
軽く目眩がしつつ、根本的な問題を指摘する。
「俺、男なんですけど……」
「うん、まぁ、ね? でもいけると思うわ!」
「無茶だろ! てゆうか普通に女の子を誘えばいいじゃないですか!」
「あー……。ぶっちゃけると、あなたの前に女の子をいっぱい誘ったんだけど、全員に断られちゃってね? もう男でいいかなって……」
……おい。
魔法少女が男でもいいとかヤケになりすぎだろう。
そもそも魔法少女ってどういうことだ。
「すみません、魔法少女になれってどういうことですか? コスプレ研究会みたいなものに入れってことですか?」
「いいえ、違うわよ? 魔法少女になって、魔物達をぶち殺すのよ!」
一瞬、再び全力で逃げ出しそうになったが、すんでの所で留まった。
落ち着け……なんか物騒なこと言ったし、次に捕まったらおそらく命はない……。
こいつを確実にしょっぴいてもらうためには、この場を穏便に済まさねば。
あとは特徴を覚えておかないと、と考えた所で、こいつの名前を知らないことに気がついた。
……なぜか俺の名前は知られているが。
「あー……詳しい話の前に自己紹介をしませんか? 俺の名前はご存知の通り、相田ハジメと申します」
「あ、これはどうもご丁寧に。私の名前は場坂レイよ!」
よし、名前は覚えた。あとは適当に話を合わせて、やんわりと断ろう。
しかし、その前に気になることがあるから聞いておく。
「えっと、場坂さん。どうして俺の名前を知っていたんですか?」
「ああ、学校ですっごい目つき悪い人がいたから、あの人は誰って友達に聞いたのよ。それで知っているの」
「うわ、同じ学校かよ!」
「うわってなによ!?」
いかん、つい本音が。あと、俺の目つきは悪くない……はずだ。
それにしても同じ学校とは……こんな奴いたっけか?
……うちの学校には桃色髪の奇人がいるって噂を聞いたことがあるが、もしかしなくてもこいつか。
まずいな。身近にいるとなると、通報してこの場はなんとかなっても今度は学校で同じ目に遭うかもしれない。
学校なら先生に言いつけるのもいいが、そもそもこの女に絡まれたくない。
「どうしたの? 私の顔をじーっと見て。惚れたの?」
引っ叩くぞ。
ともかく怪しまれないように会話を続けよう。
「いやぁ、すいません。ちょっとびっくりしちゃって。話を戻しましょう。先程、魔物がどうのって聞こえたんですけど……」
「そうそう。この世には魔物がいて、人の魂を食べちゃうから、私達魔法少女が人を守るために戦うの!でも、人員不足でね、新しい魔法少女を探しているの」
……なるほど、よくあるようなやつだな。魔物なんて見たことないけどな。
一応俺もゲームやアニメは趣味だ。そんなに深い知識はないが、場坂レイが言っていることはわかる。
でも信じられるわけではないし、高校生で魔法少女ってギリギリじゃないか……? 年齢的に。
ともかくこいつの目的はわかったので、丁寧に断ってさっさと逃げよう。
「なるほど、それで俺を誘ったと。あいにく俺は喧嘩も何もかもからっきしなのでお断りします」
「ちょちょちょ! 待って待って! 大丈夫! 魔法少女になれば超強くなれるから! 頭も良くなるし、あなたなら天下無双よ! だからやってみない!?」
ダメだ、こいつは断ろうとしても無駄だ。もう強引に脇目も振らず後のことを考えず一目散にひたすら逃げるしかない。
「いや、争いごとは苦手なのでお断りします! ホントに! 手をはなせぇ!」
「お願い! 入会するだけでいいから! 無料で登録できるわよ! 今なら豪華特典付きだし!」
「怪しすぎんだろ! なんの研究会だかただの妄想だか知らねえが絶対にやらねえぞ!」
が、場坂レイにがっちりと手を掴まれており逃げ出せない。
「だからコスプレとかじゃなくて本物だって! この服も変身したからなんだから! ほ、他にも彼女が出来たり、宝くじが当たったり、胸が大きくなったりするから!」
「うさんくせえ! それにお前、胸大きくないじゃん!」
「い、言ったわね! 絶対にこっちに引きずり込んで地獄を見せてやるわ! あと、これから大きくなるんだから!」
魔法少女のセリフとは思えねえ……完全に悪役だ。
「さっきも言ったが、俺は男だ! 魔法少女なんてなれるか! それともあれか? 女装しろってか!?」
「いいじゃない! 目覚めちゃいなさいよ!」
「ふざけんな! 男でもいいなら、その辺のおっさんでも誘ってこい! 俺以外にしてくれ!」
「さすがにおっさんはイヤよ! ほ、ほら、男の子なんだし、魔法を使ったりして、強大な敵と戦うことに憧れてたりしないの?」
まあ、確かにゲームや漫画の登場人物のように、ファンタジーな世界で生活したりバトルを繰り広げる妄想をしたことはある。
もしかっこいい武器とか魔法を使えるならやってみたいとは思う。
が、女装してまでやりたくはないし、ここは現実世界だ。なれるはずもない。
「そもそも、俺は魔法も魔物も見たことがない。お前の言うことを信じられるかっての」
「ああ、それは仕方ないわ。魔法に関わるものを見た人は、道具でその記憶を消させてもらってるから」
と言って、場坂レイは懐から何かを取り出して俺に見せてきた。
「……使い捨てカメラ?」
「見た目はそうね。でもこれは魔法の道具で、これでパシャッとやれば、写った人の魔法に関する記憶が消えるわ! その名も”忘れルンです”!」
「どっかで聞いたような名前だな……」
どう? どう? と自慢するように見せびらかしてくる。
うざったいし、やっぱりうさんくさい……。
「そうか、そりゃ凄いな。じゃあそれで俺をパシャッとやってくれ。それでさよならしようぜ」
「ダメよ、あなたは仲間なんだから!」
「勝手に仲間にすんな! 俺はもうお前のことは綺麗サッパリ忘れて帰りたいんだよ! いい加減にしねえと通報するぞ!」
「やれるものならやってみなさい! タダじゃおかないんだか……わあぁ! ごめんなさい! 電話を取り出さないで!」
涙目で鼻水を垂らしながら必死に俺にしがみついてくる場坂レイ。
こんな魔法少女がいてたまるか。
女の子と密着なんて美味しいシチュエーションのはずなのだが、まったくときめかない。
顔はタイプなんだがなぁ……中身がなぁ……でもいいふとももしてるなぁ……。
……あれ?ときめいてるな?
とにかく逃げよう。
セクハラの一つでもかまして怯んだ隙に走り出そうと思った時、視界の端に何かが映り込んだ。
「……?」
”何か”がいる。
その”何か”は猫くらいの大きさで、黒くて丸い形をしている。
”何か”の下の方から小さな足らしきものが生えている。
――生物なのだろうか。
俺は地面を見る。
この辺は住宅街で、コンクリートで舗装された地面だ。
”何か”の足元には、影がある。
つまり、”何か”はそこに存在している。
”何か”はこちらを見ているようだ。
真っ黒で目や口があるのかはわからないが、確実にこちらを見ている。
”何か”が硬直している俺に向かって近づいてきた……!
「うっ」
思わず後ずさる俺を守るように、いつの間にか俺の体から離れていた場坂レイが立つ。
場坂レイは肩越しに俺を見て言った。
「あれが――魔物よ」