雇われ従者
頭突いたせいでくらくらする。手は痺れるし、息が上がってしまって苦しい。はぁ、はぁと荒い呼吸を整えながら、辺りを見回す。薄暗い、石造りの部屋。微かに光が差し込む窓は半ば崩れてツタが入り込んでいる―そして、開かれた戸口の側に、一人の少年が呆と突っ立っていた。何故だか眩しそうに目を細めてこちらを見つめており、気怠げにこめかみを掻いている。
「・・お水を持っていませんか?」
口の中に、まだあの気持ち悪い感触が残っている。少年は少し驚いたように目を見開くと、
「ん・・・あぁ、はい。」
と呟き、腰の水筒を差し出した。飲み口を拭ってから口に含んでゆすぎ、枕元にあった椀に吐き出す。それを三回繰り返してようやく不快感が薄れてきた。
「ありがとうございました・・・あなた、この男の従者かしら?」
倒れている男と比べると、随分貧相な身なりの上、色々と荷物を背負わされている。
「あーまぁ、そういうのっす。」
「そう。でしたら申し訳ありませんけど、この男の処置はあなたにお任せしますわね。私、ちょっと確かめたいことがありますので。」
「あーはい・・・え、ちょっ、どうすりゃいいんだ、これ。」
にわかに慌て出した少年を尻目に外へ向かってかけ出す。
よかった。私の身体は、走り方を覚えている。裸足で出てきてしまったから、足の裏が少し痛い。けれども、その痛みもどこか懐かしく、快い。
開きかけたドアから、細く光りが差し込んでいる。
ドアを開けた瞬間、余りの眩しさに目がくらんだ。目の奥まで真っ白な光が突き刺さって痛い。それでもゆっくり、ゆっくりと目を開く。白い世界に、少しずつ色と形が立ち現れていく。
繁る緑、空は青。赤、黄、桃の花が咲き誇り、その上を紫色の蝶が飛び交う。土の香り、風の音、足を撫でる草の感触。何もかもが夢見ていた時よりも遙かに鮮烈に突き刺さった。振り返って見ると、私の眠っていた離れというのは、随分小さな小屋だったようだ。ツタやイバラに覆われ、今にも潰されそうである。小屋の周りには、他には何の建物もない。ただの野原に、所々ガレキが散らばっているだけだ。
小屋の中から、先程の少年が顔を出した。
「あら、さっきの男はどうしました?」
「何か、もういっかと思っておいてきました。脈も呼吸も確認できたし、大丈夫っしょ・・・俺、雇われなんっす。ここにある魔窟の魔力が消えたって噂を聞いたアレが、宝物目当てで探索に来た、そのお供です。何か思いがけず美女を見つけたってんで、まぁ、あーなっちまったんですけど・・・。」
「雇われでも従者なのでしょう?主の愚行を諫めるのは従者の務めではありませんか。何故止めなかったのです。」
「・・・モテた試しの無い、哀れな男なんです。許してやって下さい。」
「知りませんよ、そんなこと。」
「そう、そんなことより・・・ここは百年前に滅んだ国の、廃城跡と聞きました。こんな所で眠って・・・あんた、誰なんですか。」
「―――ユメノミヤ=ミヅハ。亡国、ミヅハ国七代国王、タマキハル=ミヅハが第一王女よ。」